褒め言葉の「相場」が下がっている?お世辞に疲れたあなたへ届ける言葉の処方箋

相談者の記録 ──三月、年次点検の朝

三月の初め、フォークリフトの年次点検の日だった。港からの風がまだ冷たくて、シャッターを半分だけ開けて待っていた。潮と、機械油と、前の晩に降った雨の匂いが混ざっている。八時十分に、いつもの軽トラックが入ってきた。

二十四歳、迫田くんという。ヘルメットを脱ぐと寝癖がそのまま残っている。彼はいつも話しはじめる前に、ボールペンを二回ノックする。癖なのだと思う。その日も伝票を渡したら、案の定「いつも字がきれいで助かります」と言った。

私はこの三か月、この一言をどう扱うかで疲れていた。受け取るべきか、流すべきか。ありがとうと言うたびに、何かを借りたような感じが残る。けれどその朝は、なぜか違うことを考えた。この子は自分が三か月前に何をしたか覚えているだろうか、と。

私は言った。「迫田くん、去年の十二月なんだけどね」

彼はボールペンを持つ手を止めた。

「三号機のブレーキ、甘いって言いに来てくれたことがあったろう。伝票には書かないで、口で先に教えてくれた。あれ、助かったんだよ。書類に上げると修理が来月扱いになるから、年内に手を打てた。あのとき君が黙ってたら、正月明けに誰かが荷を落としてた」

迫田くんは何秒か黙っていた。それから耳のあたりが赤くなる。寒さのせいではないと思う。

「え、覚えてるんですか、あれ」

「覚えてるよ。三号機は私の担当だから」

彼は笑った。その笑い方は、初めて見た。いつもの話しはじめの笑顔ではなくて、口の端が勝手に上がってしまったような、締まりのない顔だった。それからヘルメットを一度かぶり直して「あれ、上には言ってないんですよ、正直。手順から外れるんで」と、少し早口で言った。

私はその日の午後、伝票の裏に書いた。渡す側は、こんなに緊張するのかと。

三か月悩んでいたのに、答えは十秒で出てしまった。私は褒め言葉を「返さなければいけない借り」だと思っていた。だからしんどかった。けれどあの朝、私が迫田くんに渡したのは借りでも返済でもない。ただの報告だ。私はあなたのやったことを見ていましたという、それだけの報告。

見ていましたと言われて嬉しいのは、たぶん見られている実感がないからだ。私も、彼も。

エピローグ

四月に入って、町内会の総会があった。去年と同じ公民館で、去年と同じ折り畳み椅子を並べた。三月に「その気配り、ちょっと真似できないですよ」と言ってきたのはあの人だったか、別の人だったか、もう思い出せない。

その日は、私のほうから声をかけた。会計の中井さんという、七十近い女性だ。「中井さん、去年の決算、繰越金の欄だけ手書きに直してましたよね。あれ、印刷だと桁が読みにくいからでしょう」

中井さんは老眼鏡を上げてこちらを見た。「あんた、あれ気づいとったん」

「気づきますよ。私も数を数える仕事なんで」

それだけの話だった。けれど中井さんは帰り際にわざわざ戻ってきて、来年の総会もあんたに椅子を並べてほしい、と言った。頼まれごとをされたのに、なぜか肩が軽かった。

家に帰って、冷蔵庫を開けた。相変わらず大したものは入っていない。缶ビールを一本出して、開けて椅子に座る。今回は、味がした。

世の中の褒め言葉が軽くなったかどうか、私にはまだ分からない。たぶん軽くなったのだろうと思う。けれど、軽い言葉が飛び交っている場所に重い言葉を一つ置くことは誰にでもできる。しかもそれは、置いた本人のほうがよく覚えている。

私は世間知らずのままだ。ただ、世間の相場に合わせる必要はないらしいと分かった。相場が下がっているなら、私は自分の値で売る。二十年、そうやって数を合わせてきた。

追章の羅針盤

受け取る側にいるかぎり、褒め言葉は借金に見えます。差し出す側に回った瞬間、それは報告に変わります。

読者の方の問い──若い担当者は、車を売りに来る人と同列か。答えは、同列ではありません。ただし、その違いを判定するのはご相談者の仕事ではありませんでした。判定をやめて自分から一つ渡してみたとき、区別は自然に消えたのだと思います。相手が本気だったかどうかは、渡し返してみれば分かる。耳が赤くなるかどうかで分かる。

そして、これは第三章の三つの視座の、どれとも矛盾しません。
ケンゴの言う「具体性を添える」を、受け取る基準ではなく渡すときの作法として使った。
アキの言う「重く受け取らない」を、借りにしないという形で実行した。相場が違うことを恥じなくていいというのが、私たちがお伝えしたかったことです。

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