褒め言葉の「相場」が下がっている?お世辞に疲れたあなたへ届ける言葉の処方箋

第三章 軽い言葉の海で、重い言葉を沈めないために

よりみちナビゲーターの対話

サキ:最後に、ご相談者さんの最初の問いに戻りますね。「勘違いでしょうか」。
勘違いではありません。ただ、私は「褒め殺しの人が増えた」という言い方を少しだけ言い換えたいんです。増えたのは人ではなく、言葉を軽く使わないと回らない場面のほうだと思います。人が薄くなったわけではないんですよね。

ケンゴ:私も人の質が落ちたという結論には反対だ。それは老いの入口にある考え方で、事実として正しくない上に、本人を孤立させる。
私が勧めたいのは、判断基準を持つことだ。相手の言葉に具体性があるかどうか。「すごいですね」だけなら流していい。「先月の欠品のとき、あの棚だけ数が合っていたので助かりました」なら、受け取っていい。この線を一本引いておくだけで、区別のコストはかなり下がる。

アキ:私はそこに一個だけ足したい。流すって決めた言葉も、雑には扱わないでほしいな。その若い担当者さん、たぶん本気で言ってる瞬間もあるから。「全部営業トークだ」って壁を作ると、たまに来る本物まで弾いちゃう。私は軽い言葉には、軽く「ありがとう」って返して終わりでいいと思ってる。返さなきゃ、を降ろすの。

サキ:それは大事ですね。貸し借りにしないこと。「ありがとうございます」で会計を済ませてしまって、持ち帰らない。ご相談者さんはたぶん、全部を持ち帰ってしまう方なんですよね。倉庫で数を合わせる仕事を二十年続けられる方は、合わないものを放っておけない。それは長所ですが、言葉に関しては合わないまま置いてきていいんです。

シオン:置いてくる、という選択。
私はこう思うことがある。褒め言葉が軽くなった時代は、裏を返せば重い言葉を自分で選べる時代なのかもしれない。誰かに認められる回数は増えても、本当に受け取ると決めた一言はあなたにしか選べない。港の風の中で二十年ぶんの数字を合わせてきた手のことを、いちばんよく知っているのは誰だろうか。

サキ:……そうですね。最後に一つだけ。ご相談者さんは「世間知らずで恥ずかしい」と何度も書かれていました。でも、この違和感に気づいて、言葉にして確かめようとされた。それは世間を知らない人の行動ではないです。相場が変わったことに、いちばん早く気づいた人の行動ですよね。

本日の羅針盤

本日の結論は、一本にまとめません。三つの視座を、そのまま置いておきます。

一つめ(ケンゴの線):褒め言葉に具体があるかどうかで、受け取るものと流すものを分ける。基準を外に持てば、毎回悩まなくて済む。

二つめ(アキの線):軽い言葉を敵にしない。軽く受け取り、軽く返し、持ち帰らない。全部を本気にしないことは冷たさではなく、身の守り方でもある。

三つめ(サキの線):あなたの違和感は、言葉を粗末にしない場所で二十年生きてきたことの証です。相場が違うのであって、あなたの耳が壊れたのではありません。ただ、その耳は疲れやすいので、休ませてあげてください。回覧板で三十分捕まる関係のほうを、これからも大切になさるといいと思います。返せる相手との貸し借りは、溜まっても苦しくないですから。

そしてシオンが言った通り、重い言葉は自分で選べます。今日もらった十の「すごいですね」より、二十年前に誰かが言ってくれた一言のほうをあなたはまだ覚えているはずです。それがあなたにとっての、本物の相場です。

なお、こうした違和感が長く続いて人と会うこと自体がつらくなったり、眠りが浅い日が重なるようなら気持ちの問題として抱え込まず、地域の相談窓口や専門機関に一度話してみるのも選択肢の一つです。特別なことではありません。

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