褒め言葉の「相場」が下がっている?お世辞に疲れたあなたへ届ける言葉の処方箋

追章 三月、伝票の裏

よりみちナビゲーターの対話

サキ:読者の方から、鋭い問いをいただきました。ご相談者さんは「昔こういう言い方をするのは、車を売りに来る人か保険の人くらいだった」と書かれた。
では、フォークリフトの点検に来る若い担当者や、町内会で初めて会った人はその二人と同列なのか。ここははっきりさせておいたほうがいいと思います。

ケンゴ:同列ではない。私は構造で見る。営業職の賛辞には回収先がある。契約という出口が設計されていて、言葉はそこへ向かう経路の一部だ。
ご相談者を褒めた若い担当者に、その出口はない。点検の伝票にサインをもらう相手で、成約もノルマも発生しない。町内会の初対面に至っては、翌月に会うかも分からない。回収の当てがない言葉だ。

アキ:そこは私も同じ。というか、同列にしたら失礼だと思う。あの担当者さんはたぶん怖かっただけだよ。二十歳そこそこで、自分の親くらいの年の人が二十年やってる現場に道具持って入っていくの。何か言わないと空気が持たない。だから、目についたものを口にした。字がきれいですね、って。それは営業トークじゃなくて、たぶん通行証。

サキ:通行証、というのは分かりますね。ただ、私はもう一段だけ違う線を引きたいんです。
営業か否か、下心があるか否かではなく、言った本人がその言葉を三日後に覚えているかどうか。ここが分かれ目だと思っています。
回収先がなくても、忘れる言葉はある。回収先があっても、覚えている人はいる。ご相談者さんが冷蔵庫の前で空になったのは褒められたからではなく、その言葉を誰も覚えていないと知っていたからですよね。

ケンゴ:それは私の基準より精度が高いかもしれない。ただ、実用性の点で問題がある。相手が三日後に覚えているかどうかを、受け取った瞬間に判定する方法がない。私が「具体性があるかどうか」を勧めたのは、その場で判定できるからだ。

サキ:ケンゴさんのおっしゃることは、よく分かります。実際、線があったほうが楽です。
ただ、一つだけ伺ってもいいですか。ケンゴさんは線を引かれる側に立ったことがありますか。たぶんあの若い担当者は、一生知らないままです。自分の言葉があの倉庫で、「具体性がないから流す」に分類されたことを。それでも彼は来月も、同じ挨拶をしに来る。私は判定される側の無防備さのほうを、少し考えてしまうんです。

ケンゴ:……。私は自分が線を引く側にいることを、当たり前に思いすぎていたのかもしれない。管理職を長くやると、評価する立場が体に染みつく。サキさんの指摘は受け取る。

アキ:ケンゴさんが黙るの、初めて見た。

シオン:判定する側と、される側。その二つが入れ替わる瞬間があるとしたら、それはどんな時だろうか。おそらく受け取るのをやめて、自分から差し出したときだ。渡してみて初めて、重さが手に残る。ご相談者はそこへ近づいているように見える。

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