結び目を、ほどかずに眺める——二十年越しの「保留」という選択
あの夜、私は帰宅してからもしばらく車のキーをテーブルに置いたまま、台所の蛍光灯の下に立っていた。妻はもう寝室に上がっていて、家には冷蔵庫のかすかな唸りだけが聞こえている。
不思議な話を誰かに話したいわけではなかった。話したところで笑われるか、心配されるか、そのどちらかだろう。けれど胸の奥に小さな熱がともっていて、それを放っておくのも違う気がしていた。
会いに行くつもりはない。連絡を取るつもりもない。それだけは自分の中ではっきりしている。
ただ——なぜ、思い出したのか。なぜ、二十年も経った今だったのか。その問いだけが洗っていない湯呑みのように、流しの隅に残されたまま消えなかった。
シオンは第一章の続きを引き取るように、静かに口を開く。
「結び目をほどくという言い方を、私は前回にした。けれど結び目には、ほどく以外の扱い方がいくつかあるのではないだろうか」
シオンは机の上に置かれた古い麻紐を、指でなぞりながら続けた。
「ひとつは、ほどく。もうひとつは、断ち切る。そしてもうひとつは——そのまま、眺める。何も手を加えず、ただ、そこに結び目があると認めて、しばらく日々を過ごす。これは何もしないことのようでいて、実は最も成熟した手の止め方かもしれないと私は思っている」
サキが湯呑みを手に取りながら、ゆっくり頷く。
「眺める、というのは、私の生活の感覚で言うとこういうことだと思うんです。——たとえば、子どもが小さかった頃に着ていた服を、捨てられずに段ボールにしまっている。開けるたびに切なくなるから、普段は開けない。でも、捨てるつもりもない。何年かに一度、ふと思い出して蓋を少しだけ開けてまた閉める。そういう距離の保ち方って、人間関係の記憶にもあると思うんです」
サキは湯呑みを置いてから、(そこにはいない)相談者のほうに目を向けるように言葉を継いだ。
「今回の数字の符合は、その段ボールの蓋が風で少しだけめくれた瞬間だったのかもしれません。蓋がめくれたからといって、中身を全部出して整理しなくてもいい。めくれたことに気づいてもう一度、そっと閉めるだけでもいいんじゃないでしょうか」
ケンゴが腕を組み直した。
「サキさんの言うことはわかる。段ボールの比喩は私にもよく届いた。ただ——」
ケンゴは、少し言葉を選んでから続ける。
「『眺める』というのは聞こえはいいが、放置と紙一重だ。眺めているつもりがいつの間にか反芻になり、反芻が習慣になると現実の生活のほうが薄くなっていく。私は中間管理職として、何人かそういう人を見てきた。過去の人間関係をずっと反芻している人ほど、目の前の同僚や家族との距離が遠くなっていく。眺める時間には、終わりの目印が必要だと私は思う」
ケンゴは続ける。
「たとえば車のナンバーで思い出してしまった、それをその日の夜だけは考えていい。けれど、翌朝になったらいつもの朝食を作る。コーヒーを淹れる。新聞を読む。日常の動作で、眺める時間を区切る。そういう作法がないと危ない」
シオンは二人のやり取りを聞きながら長く沈黙し、低く呟いた。
「ケンゴさんの言う『終わりの目印』は、おそらく必要なのだろう。眺めることが自分を消耗させはじめたら、それは眺めるという本来の行為からは外れている。──ただ、私はもう一つ、別のことも申し上げたい」
シオンは麻紐から指を離した。
「二十年前のあの人と今のあなたは、おそらくもう、別の人間だ。あの人も、今では別の人生を生きているだろう。あなたが思い出しているのはあの人そのものではなく、あの人と一緒にいた頃の『自分』なのではないだろうか」
シオンの声は、いつもより少しだけ低かった。
「対向車のナンバーが呼び出したのは二十年前の他人ではなく、二十年前の自分自身——まだ何者でもなかった頃の、結び目の作り方も知らなかった頃の自分自身ではなかったか。だとすれば眺めるべきはあの人ではなく、あの頃の自分のほうかもしれない」
「眺める」を、生活のなかで成立させるための小さな手立て
ケンゴが言うように眺める時間が反芻に転じてしまうと、目の前の生活が薄れていきます。サキが言うように、段ボールの蓋はめくれたら閉めればいい。シオンが言うように、眺めるべきは相手ではなく、あの頃の自分かもしれない。三人の視座を束ねるなら、こんな小さな手立てが浮かび上がってきます。
- 思い出した日はその日の夜のうちに、「終わりの動作」を決めておく。湯呑みを洗う、玄関の鍵を確認する、明日の天気を見る。何でもいい。日常の動作で、考える時間に区切りをつける。
- 「あの人はどうしているだろう」ではなく、「あの頃の自分は、何を抱えていたのだろう」と問いを置き換えてみる。相手の現在は、もう自分の手の届く範囲にはない。けれど当時の自分の気持ちは、今からでも聞き直すことができる。
- 誰かに話したくなったら、配偶者や同僚ではなく紙に書いてみる。言葉にした瞬間、結び目の形が少し見えてくる。書いた紙は捨ててもしまっておいても、どちらでもいい。
第二章の結論——「保留」という、もう一つの答え方
会いに行くか、行かないか。連絡を取るか、取らないか。世の中の多くの問いは二択で迫ってきます。けれど、人生の深いところにある問いほど、「今は決めない」「しばらく眺める」という第三の答え方がふさわしい場面があります。
二十年前の結び目は、二十年かけてそこにあります。ほどくにも断ち切るにも、それなりの時間と覚悟が要るでしょう。けれど眺めるだけなら、今日の夜から始められます。
ただしケンゴが言うように、眺める時間には終わりの目印を。
サキが言うように、蓋がめくれたらそっと閉めるだけでいい。
そしてシオンが言うように、眺めるべきはおそらく相手ではなく、あの頃の自分自身です。
対向車のナンバーは、明日もまたどこかですれ違うかもしれません。すれ違ったとき心が少しだけ揺れたら、それは結び目がまだそこにある合図です。揺れに気づけたなら、それで十分です。揺れに急いで意味を与えなくてもいい。
※過去の記憶が反芻となって日常生活に影響を与えはじめた場合は、信頼できるカウンセラーや心療内科など、専門家への相談もご検討ください。一人で抱え続けることだけが、誠実さではありません。



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