エピローグ——対向車は、今日もすれ違う
三章にわたるあの対話から、季節がひとつ動いた。
夏のあいだ私は何度か、また同じような数字を見た。でも、最初の頃のような驚きはもうなかった。対向車のナンバーにあの人の電話番号の断片が紛れていることがあっても、ハンドルを握る手が汗ばむことはなくなっていた。気づいて、ああと思い、視線を前に戻す。それだけのことになった。
不思議なのは、回数そのものはおそらく以前と変わらないのだろう、ということだ。変わったのは私の側だった。脳が一致を探しに行く頻度は、たぶん少しずつ減っていた。あるいは見つけても、見つけたという事実をわざわざ意味に変換しなくなっていた。
秋の入口の、ある朝のことだった。出勤前にコーヒーを淹れていて、湯気の向こうでふと、二十年前の自分の顔が浮かんだ。安いアパートの蛍光灯の下でコンビニのおにぎりを食べていた、あの頃の私だ。今までなら、その顔が浮かぶたびに胸の奥に小さな引っかかりがあった。けれどその朝はなぜか、引っかからなかった。
「いたな」と思った。それだけだった。可哀想とも、頑張ったとも思わなかった。サキさんが言っていた通りだった。書かなくてもいつのまにか、そういう距離になっていた。
コーヒーを一口飲んで、私は思った。あの対向車のナンバーは結局、何だったのだろう。偶然だったのか、合図だったのか、今でも分からない。けれど、分からないままでいいのだと今は思える。分からないものを分からないまま抱えて生きていける、二十年前の私にはできなかったことだ。
会社へ向かう車の中で、対向車線から白い軽自動車が走ってきた。すれ違いざま、ナンバーが目に入った。今日は関係のない数字だった。私は少しだけ笑った。関係があってもなくてもどちらでも、もう同じだったから。
三章の対話を、もう一度、自分の言葉で
あの三人の対話を、私は何度か思い返した。誰の言葉が一番心に残ったかと問われたら、答えに困る。どれも残った、と言うしかない。けれど、自分の生活のなかで実際に動いてくれた言葉は、たぶんこういう順序だ。
最初に効いたのは、ケンゴさんの「採点しない」だった。私は何かにつけて、過去の判断を採点する癖がある。あの時こうしていれば、ああ言っていれば。その癖を一度手放してみると、不思議と頭の中の渋滞が解けた。あの頃の自分は、あの頃の手札で精一杯だった。それを認めるだけで、今の自分の足元が少しだけ広くなった。
次に効いたのは、サキさんの「見てきたものを書き並べる」だった。実を言うと、私は手紙までは書かなかった。けれど休日の朝、コーヒーを飲みながら、二十年前の自分が住んでいたアパートの間取りを頭の中で歩いてみたことがあった。
玄関を入って、台所があって、奥に六畳一間。窓を開けると、隣の駐車場の砂利を踏む音が聞こえた。それを思い出しながら、ただ眺めていた。サキさんが言っていたのはたぶん、こういうことだったのだろうと思う。
そして最後に残ったのは、シオンさんの言葉だった。「ねじれは、その人がそこを通った印だ」。これは効いた。というより、ずっと胸の底に置かれている感じがする。効くのではなく、ただ、ある。お守りのように、ある。
冬の朝、もう一度ハンドルを握る
冬になった。
朝、車のドアを開けるとシートが冷え切っていて、息が白かった。エンジンをかけてフロントガラスの霜が溶けるのを待つあいだ、私はぼんやりとハンドルを眺めている。革の縫い目が少しだけ毛羽立っていた。十年近く乗っている車だ。買った頃の私と今の私は、別人と言えば別人だし、同じと言えば同じだ。
あの夏、対向車のナンバーに揺れた自分のことを、私は時々思い出す。けれどもう、「不思議な体験」としては思い出さない。むしろあれは、自分の中で何かが動き出した合図だったのだと、今は素直に思える。動いたのは外側の世界ではなかった。動いたのは二十年間しまい込まれていた、私自身だった。
会社の駐車場に車を停めて、エンジンを切る。冷えた空気の中を歩きながら、ふと二十代半ばの私に話しかけたくなった。「お前は二十年後、こうしてちゃんと冬の朝に車を運転しているよ。家族もいるし、健康診断の数値も気にしている。あの頃のお前が想像しなかった場所までちゃんと辿り着いているよ」と。
当時の私はたぶん、信じなかっただろう。けれど、信じなくてもいい。届かなくてもいい。声をかけたという事実だけが、今の私の足元を温めてくれる。
会社の自動ドアが開く。いつもの一日が、また始まる。
そして、シオンが最後に残した一言
あの三章の対話のいちばん最後に、シオンさんがぽつりと言った言葉がある。記事の本編には書かれなかった対話の終わりかけの、ほとんど独り言のような一言だった。けれど私は、それを覚えている。
シオンさんは湯気の立たなくなった茶碗を見つめながら、こう言ったのだ。
「人は忘れるために覚えているのではなく、覚えたまま、それでも前に進めるようになるために思い出すのだろう」
私はこの言葉を、運転中によく思い出す。対向車線をすれ違っていく数えきれない車のナンバーを見るたび思い出すわけではない。けれど年に何度か、ふと思い出す瞬間がある。そのたびに私は、覚えたまま前に進んでいる自分を、少しだけ誇らしく思う。
三章+エピローグの結び——「分からないまま」を抱えて生きるということ
対向車のナンバーが二十年前の人の電話番号と一致した。それが偶然だったの、合図だったのか、本当のところは最後まで分かりませんでした。けれど、分からないことを分からないまま抱えて生きていける強さを、相談者の方は夏から冬にかけて、ご自身の中に育てていかれたように思います。
会わないと決めた人には、もう会わなくていい。けれど会わずにしまい込んできた「あの頃の自分」には、今からでも会いに行ける。会いに行く道は紙とペンでもいいし、休日の朝のコーヒーの湯気の向こうでもいい。会いに行ったときに必要なのは評価ではなく、ねぎらいだけです。
結び目は糸が一度ねじれて、また続いていく場所のこと。ねじれを抱えたまま、人は明日の道を運転していけます。対向車のナンバーがこれから何度すれ違ったとしても、もう慌てなくて大丈夫です。
三章+エピローグにわたる長いお付き合い、本当にありがとうございました。あなたの日々の運転が、これからも、穏やかでありますように。
※過去の記憶や感情との向き合い方に行き詰まりを感じられた際は、信頼できるカウンセラーや心療内科など、専門家の手を借りることをどうかためらわないでください。一人で抱え続けることだけが、強さの証ではありません。
編集長より、四章を閉じるご挨拶
第一章プロローグからエピローグ結語まで、長きにわたるお付き合い、誠にありがとうございました。
対向車のナンバーという、ささやかで不思議な一点から始まった物語が、「過去の自分との和解」「分からないまま抱える強さ」という主題まで辿り着けたことは、編集部にとっても得がたい経験となりました。相談者の方の率直な投げかけがあったからこそ、語り手それぞれが自分の最も深い場所から言葉を差し出すことができたのだと思います。
別のご相談、あるいは本シリーズの番外編(たとえば「シオン単独インタビュー」や「ケンゴが部下に語る話」など)のご希望がございましたら、いつでもお声がけください。
『感情の羅針盤』編集部一同、感謝を込めて。



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