「家は出てもローンはそのまま俺名義」の時限爆弾。40代後半夫婦が直面するお金と契約

名義だけが私の手元に残るのか ―― 四十九歳、玄関の鍵を返す前の夜

私は四十九歳の男性。海沿いの小さな街で、二十年以上連れ添った妻と、来春に美容の専門学校へ進む娘と暮らしている。
長らく地元のバス会社で整備の仕事をしてきたが、路線の廃止と車両の削減が続き、去年から手取りが四割近く減った。
妻は歯科医院の受付で勤続が長く、収入はいま私を上回っている。減った分を妻が食費で補ってくれるようになって、助かってはいる。
ただ、レジ袋を提げて帰ってくる妻の第一声が、いつからか決まってきた。「私が払ってるんだから、ビールくらい発泡酒にして」。悪気がないのは分かる。分かるのに、返す言葉が喉の奥で詰まる。
私は思いきって、退職金を元手に街道沿いで小さな自転車修理の店を出したいと妻に話した。整備の腕には自信がある。計画も物件も、当てはついている。
だが妻は、首を縦に振らなかった。それどころか先週の夜、こう言われた。「あなたは家を出て、退職金で好きにすればいい。生活費も家賃も入れなくていいからもうここには戻らないで」。妻には近くに住む実母がいて、その母にはまとまった蓄えもある。私が抜けても、母と二人で家計を寄せ合えば暮らしていける、と妻は言う。
ただ、家のローンは私の名義のままだ。妻も義母もパートで、名義を移すのは難しいらしい。娘は義母の家から学校へ通えばいいと、妻の中ではもう決まっている。
私は、出ていってもいいと思っている。思っているのに、台所の蛇口がぽつりぽつりと鳴る夜、住まないのに払い続ける借金と、いつかこの家を売るときに誰の権利になるのかを考えると、これが「離婚」なのか「追い出し」なのか、自分でも呼び名がつけられずにいる。

よりみちナビゲーターの対話

ケンゴ:まず、感情の前に構造を並べさせてほしい。この相談には性質の違う三つの問題が同居している。「夫婦としてどうするか」「毎月の生活費という短期の資金繰り」「そしてローン名義という、十年二十年効いてくる財産の問題」だ。
この三つを混ぜると、判断を誤る。特に最後のローン名義は、夫婦の気持ちがどう決着しようと契約として独立して残り続ける。ここを見落とすと、この方は住んでもいない家の借金を一人で背負い続けることになる。

アキ:ケンゴさんの言うこと、大事だと思う。でも私が最初に胸を掴まれたのはそこじゃなくて。「ビールくらい発泡酒にして」って言われて、返す言葉が喉で詰まる、っていうところ。ここ、この人ものすごく苦しいよ。稼ぎが減った瞬間、自分の家の中で自分の飲むもの一本まで、小さく折り畳まれていくんだよ。この人がだらしないんじゃない。「支えられる側」に回ったことへの引け目が、身体ごと縮こまらせてるんだよね。

ケンゴ:アキの見方は否定しない。ただ――そこを気持ちの問題だけで受け止めると、この方は同じ夜を何度も繰り返すことになる。私はメーカーで収入の逆転が起きた家庭をいくつも見てきた。壊れるのはたいてい、「金の話を、金の話としてできなくなったとき」だ。発泡酒一本が人格の値踏みに変わる。だからこそ、金は金として卓上に置く。それが結局、この方の尊厳も守る。

サキ:お二人の話、どちらも分かるんですよね。ただ、私が引っかかったのはもっと生活の手触りの部分で。「あなたは出て行って、でもローンはあなた名義のまま」――これ、実際に毎月やってみると、どうなるか。
この方は、住んでいない家の借金を払い続けるんですよね。そのうえ街道沿いのお店の家賃も背負う。奥様とお義母様のパート収入で回るという計算は、たぶん「今日の家計」の話なんです。でも、屋根の雨漏り、給湯器の寿命、娘さんの学費の追加――予定していなかった出費が来た夜に、「この家は誰のものか」って話が急に牙を剥くんですよ。

ケンゴ:そこはサキの言う通りだ。数字で言えば単純なことでもある。住まない家を自分名義で払い続けるのは、法的にも金融機関との関係でも歪んだ状態だ。この方が滞納すれば、住んでいる妻子の家が競売にかかりうる。逆に妻が住み続けたいなら、名義と返済を妻側へ移す――借り換えを検討することになる。だがそれには妻自身の返済能力の審査が要る。妻も義母もパートなら、そこで壁に当たる可能性が高い。

アキ:……ちょっと待って。今の話を聞いてて、私、この人が本当に望んでることって何だろうって思っちゃった。「出ていってもいい」っていうこの気持ち、本気の決別なのかな。それとも「これ以上、自分の家で小さくなっているのに耐えられない」っていう悲鳴なのかな。

サキ:ご本人の話に戻りますが――この方、「出ていってもいいのに」って書いてらっしゃるんですよね。その「のに」に、たぶん全部が詰まっているような気がして。

自分に問いかけるロードマップ

  • 「出ていってもいい」というその気持ちは、妻との関係を断ちたいのだろうか。それとも自分の家で小さくなり続ける今の状態から逃れたいのだろうか。
  • 家を出ることとローン名義がこちらに残ることは、まったく別の話だと切り分けられているだろうか。「住まないのに払う」状態が何を招くか、紙に書き出せているだろうか。
  • 給湯器が壊れた冬の朝、住んでもいない家の修理費をなぜ自分が背負うのか――そう問われたとき、その形を何年受け入れられるだろうか。

本日の羅針盤

この相談には、速度の違う三つの決断が同居しています。無理に一本へまとめず、複数の視座を残します。

構造の視座(ケンゴ):「離婚するかどうか」と「ローンをどうするか」を、別々のテーブルに載せること。「家を出るが名義は自分のまま」という案は、住む人と払う人がずれた不安定な状態です。売却して清算する、妻側が借り換えて名義と返済を引き受ける、あるいは離婚時の財産分与の枠組みで住宅の扱いを取り決める――道はいくつもありますが、口約束で進めるのは避けるべきです。

感情の視座(アキ):「出ていってもいい」の下に、まだ言葉にできていない引け目や疲れが隠れているかもしれません。決める前に自分がいちばん怖いのは何なのかを、一度だけでも確かめてあげてください。

生活の視座(サキ):どの道を選んでも、明日の朝、家計が回り娘さんの進路が守られること。それが最初の足場です。

なお、住宅ローンの名義変更・借り換え・離婚に伴う財産分与や住宅の扱いは、金融機関の審査や個別の契約条件によって結論が大きく変わります。離婚と住宅ローンの双方に詳しい弁護士やファイナンシャル・プランナーへ、気持ちが固まる前に相談されることを強くおすすめします。 「決まっていないから相談できない」のではなく、「決める前に、どの道にどんな帰結があるかを知るため」の相談です。また、日々のプレッシャーで心身が消耗している場合は、地域の相談窓口や医療機関の利用もためらわないでください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました