「赤いリボンの女の子」は誰のためのおしゃれ?――街角でふと立ち止まった、私の小さな疑問

第三章 なぜ、あの光景は私の中に残ったのか

夜、洗い物を終えてソファに座ったとき、私はまたあの赤いリボンの女の子のことを思い出していた。スーパーで見かけただけの、知らない親子。それなのにどうしてこんなに長く、私の中に残っているのだろう。テレビの音を小さくして、私はもう少しだけ自分の中を覗き込んでみることにした。

サキ:引っかかりは、たいてい自分の中の何かと響き合っている

サキは相談者がこの問いを夜まで持ち越していること自体に、静かな関心を寄せていた。

「街で見かけた光景って、本当はその場で流れていくものなんですよね。レジを済ませて、駐車場に向かって、家に帰ったらもう次のことを考えている。それが普通なんです。なのにその一瞬が頭から離れないとき、たいていは自分の中の何かと、その光景が響き合っているんですよね」

「ご相談者さんの場合、それが何なのかはご本人にしかわからない領域です。たとえば、ご自身が小さい頃に『着たい服を着られなかった記憶』かもしれない。あるいは逆に、『親が一生懸命選んでくれた服を、自分が嫌がってしまった申し訳なさ』かもしれません。もしかするとこれから、自分の子どもにどう接していくかという、まだ言葉になっていない予感かもしれないですよね」

「どれが正解ということはないんです。ただ、引っかかりがあるということはそこに何か、ご自身が大切にしたい感覚が眠っているサインだと思うんですよ」

アキ:「気になる」って、実は結構なエネルギーを使ってる

アキはマグカップを両手で包み込むようにしながら、ふっと笑った。

「私さ、街を歩いてて『あ』って思う瞬間って、自分でも結構大事にしてるんだよね。スルーしないで、一回立ち止まってみるっていうか。だって、忙しい毎日のなかでわざわざ立ち止まれるものって、そんなに多くないじゃない?」

「ご相談者さんが女の子のリボンに『あ』って思ったのは、それだけ自分の感覚がちゃんと働いてる証拠なんだよ。疲れてると、街の景色って全部素通りしていくの。でも、何かが引っかかったってことは心にちゃんと余白があったってことなんだと思う」

「だからね、その疑問の答えを急いで出さなくてもいいと思うんだ。『なんでだろう』って思い続けることのほうが、たぶん豊かなんだよね」

シオン:問いは、答えよりも長く人と共にある

シオンは窓の外の闇を見つめながら、ゆっくりと言葉を選んだ。

「人は答えを得たがる生き物かもしれない。だが、本当に大切な問いほどすぐには答えが出ないものではないだろうか。答えが出ないままその問いと共に何年も過ごすうちに、ある日ふと別の景色が見えてくる。そういうこともあるかもしれない」

「赤いリボンの女の子の話は、もしかするとご相談者がこれから何度も思い出す光景になるのかもしれない。お子さんが大きくなったとき、自分が誰かの母親として何かを選ぶとき、あるいはまったく別の場面で。そのたびに、少しずつ違う意味を帯びてくるのではないだろうか」

「街角の一瞬は消えたわけではなく、これから長く続いていく問いの最初の一行として残ったかもしれない」

ケンゴ:観察する力は、それ自体が一つの能力だ

ケンゴは、机の上の手帳をぱたんと閉じて言った。

「街を歩いていて、他人の親子のやりとりに目が留まる。そしてその光景を持ち帰って考える。これは案外、誰にでもできることではないと思う」

「忙しさにかまけて、目の前の景色を素通りしてしまう人のほうが、世の中には多いだろう。相談者には観察する力と、それを言葉にしようとする姿勢がある。これは仕事でも子育てでも、長く効いてくる種類の力だ。だから自分のその感覚を、どうか軽く見ないでほしい」

「気になった」ことの、もう一つの意味

四人の話を聞きながら、私の中で最初の疑問の輪郭が少しずつ変わっていくような気がした。

「あれは親の意向か、本人の意思か」という問いは、最初に立てた問いだった。けれど、夜遅くまで自分の中に残ったのはその問いの答えそのものというより、「なぜ自分はこんなに気になったのか」というもう一つの問いだったのかもしれない。

街で見かけた一瞬の光景に、私の中の何かが反応した。それは自分が大切にしている感覚や、これから大切にしたいと思っている何かが、まだ言葉になる前の状態で揺れていたということなのかもしれない。

サキさんは最後に、こう付け加えた。

「ご相談者さんが子育ての途中にいらっしゃるのか、これからなのか、あるいはまったく別の立場でその光景を見たのかは、わかりません。でも、どの立場であっても街角で立ち止まれる感性は、きっとこれからのご自身を支えてくれるものだと思いますよ」

第三章のまとめ:街で見かけた一瞬の光景が心に残るとき、その引っかかりは、自分の中の何かと響き合っているサインです。「親の意向か、本人の意思か」という最初の問いの奥には、「なぜ私はこの光景に立ち止まったのか」という、もう一つの問いが眠っています。答えを急がず、その問いと共に過ごす時間そのものが、ご自身の感性を育てていきます。

※日々の生活のなかで、ふとした光景に強く心が揺れたり、過去の記憶が繰り返し蘇って苦しくなる場合は、ご自身の心の状態に丁寧に目を向けてみてください。必要に応じて、地域の相談窓口や心療内科などの専門機関にご相談いただくことも、選択肢のひとつです。

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