【人生の選択】何になりたいか分からない26歳へ。「白紙の地図」が最強の武器になる理由

第二章「選んだのは未来じゃなく、今日だった」

二十六歳の私が、今になって思うことがある。あの十八の春、欄を空けたまま固まっていた自分に何か言葉をかけられるとしたら何だろう、と。

専門学校に進んでから、私は一度だけ本気で、別の道を考えたことがある。三年目、店の常連だったおばあさんが「あんたの焼くクロワッサンは生きてる味がするね」と言ってくれた日だ。家に帰ってスマホで「パン 海外 修行」と検索した。フランスの学校、ワーキングホリデー、費用、ビザ。
画面を埋める情報の前で、私はまたあの教室の机に戻ったような気がした。お金がない。外国語ができない。私には無理だ。検索履歴を消すように、アプリを閉じた。

でも最近、店に来る若い子が言っていた。「翻訳のアプリだけで、もうほぼ通じますよ。調べたら、奨学金だってあるし」。私はその言葉を、レジを打ちながら聞いていた。指先が少し冷たくなった。あのとき閉じた扉は、本当に閉じていたんだろうか。それとも私が鍵をかけたつもりになっていただけなのか。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:この三年目のエピソード、私すごく刺さった。「無理だ」って思った瞬間、ちゃんと調べる前に検索履歴を消しちゃうやつ。あれね、自分を守ってるんだよ。期待して傷つくくらいなら、最初から閉じておこうって。

サキ:そうですね。傷つかないための鍵、ですよね。でも私、レジで指先が冷たくなったというところに別のものを感じました。あれは諦めの冷たさじゃなくて、まだ何かが残っている人の体の反応だと思うんです。本当に閉じきった人は、もう冷たくならないですから。

ケンゴ:私はここで現実的な話をしたい。三年目に閉じた扉が、なぜ今また見えてきたのか。理由ははっきりしている。状況が変わったからだ。翻訳技術が実用域に入り、語学の壁が下がった。情報の透明性も上がり、奨学金の存在に若者が自力でたどり着ける。つまり八年前に「無理」だった計算式が、今は答えが変わっている可能性がある。

アキ:あ、それは私も同意。「無理」って、たいてい昔の条件で出した結論なんだよね。

ケンゴ:その通りだ。私が伝えたいのは、過去の「無理」を現在の「無理」と思い込むのは危険ということだ。条件が変わったなら、計算をやり直す価値がある。

サキ:ケンゴさんのおっしゃる計算、私も大事だと思います。ただ、一つだけ。この方には六年勤めたお店があって、おそらく生活が回っている。海外修行という扉を開け直すなら、その間の家賃や戻ってきたときの居場所はどうなるのか。明日の朝、生活が維持できる状態を保てるか。そこを置いたまま「条件が変わったから行ける」とは、私は言えないんです。

ケンゴ:……サキさんの言う通りだ。私は可能性を計算し直せと言ったが、計算には支出も入る。生活という土台を崩しては本末転倒だ。そこは訂正させてほしい。

アキ:ねえ、でもさ。私、海外に行け、行くなって話に二人がなってる気がして。○○さんの気持ちに戻ると、たぶんこの人が一番ほしいのは「行く許可」でも「やめる理由」でもないと思うんだよね。

サキ:では、何だと思いますか。

アキ:「あのとき未来を閉じたのは、私の失敗じゃなかった」っていう許し。それさえあれば、行くか行かないかは後から自分で決められるから。

シオン:……一つ、問いを置いていきたい。あなたは「閉じた扉」と言った。けれど扉というのは、閉じているからこそ、また開けられるのではないだろうか。壊して通り抜けた壁は、二度と扉にはならない。あなたが鍵をかけたつもりでいたその扉は、今もあなたの手の届くところにある。それは不幸なことだろうか。

自分に問いかけるロードマップ

あなたが「無理だ」と判断したのは、いつの時点で出した結論ですか。そのときの条件は、今も同じままですか。

検索履歴を消したあの夜、あなたが本当に怖かったのは「失敗すること」でしたか。それとも「期待した自分が、また否定されること」でしたか。

もし今、生活を一切壊さずに「あの扉」をほんの少しだけ開ける方法があるとしたら──たとえば休みの日に一度、説明会に足を運ぶだけだとしたら、それでもあなたは「無理だ」と言いますか。

本日の羅針盤

過去に下した「無理だ」という判断は、その時点の条件で出した暫定的な答えにすぎません。技術が変わり、情報が開かれ、あなた自身も六年分の経験を積んだ今、計算式は確実に書き換わっています。

ケンゴが言うように、条件が変わったなら計算をやり直す価値があります。ただしサキが言うように、その計算には生活という土台の支出も必ず含めてください。海外修行という大きな扉をいきなり開ける必要はありません。説明会に一度行く、奨学金の要件を一つ調べる、翻訳アプリで現地校のサイトを読んでみる──扉を「全開にする」前に「少しだけ開けて、隙間から覗く」ことは、生活を崩さずにできます。

そしてアキが言うように、何より大切なのはあのとき扉を閉じた自分を責めないことです。十八歳のあなたも、三年目のあなたも、その時の手持ちの条件で精一杯まっとうな判断をしました。それは失敗ではありません。

シオンの言葉の通り、閉じた扉は壊さなかったからこそ、まだあなたの手の届くところにあります。開けるかどうかは、これから生活と相談しながら、あなたのペースで決めていけば十分です。

もし後悔が反芻して眠れない、気持ちが沈んで日常に支障が出るようなことがあれば、地域の若者相談窓口やキャリアの専門家など、専門機関への相談もご検討ください。一人で計算式を抱え込まなくて大丈夫です。

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