「理由を言わなければよかった」——その後悔の正体
電話を切ったあと、私はしばらく携帯を握ったまま台所に立っていた。窓の外はまだ薄暗くて、いつもならこの子が餌をねだって足に体を擦りつけてくる時間だった。何も来ない床を見ていたら、ふと妙な後悔がわいた。理由なんて、言わなければよかった。「私用で」とだけ言っておけば、あんな顔をされずに済んだのに、と。
でも次の瞬間、その考えに自分で嫌気がさした。なぜ、大事な子を見送ることを後ろめたい「私用」に格下げしなければならないのか。銀行や役所なら堂々と言えることを、なぜこれだけは隠さなければ通らないのか。悲しみを説明した自分が悪いのか、それとも説明させておいて渋った相手が悪いのか。台所の冷えた床の上で、私はその答えを見つけられずにいた。
よりみちナビゲーターの対話
サキ:私、この「理由を言わなければよかった」っていう後悔が、今回いちばん切ないところだと思うんです。だってこれ、正直に話したことへの後悔ですよね。悲しいから休みたい、それを隠さず言った。そのまっすぐさが裏目に出て、「次からは嘘をつけばよかった」と自分に思わせてしまった。そこがつらいんです。
アキ:わかる。しかもさ、その後悔って自分を責める方向に向かうんだよね。「相手が冷たかった」じゃなくて「言った私が悪かった」って。悲しんでる人ほど、こうやって自分を追い込むの。私も昔、体調崩して休んだとき、理由を細かく聞かれて、次から「私用です」しか言えなくなった。あれ、地味にずっと残るんだよ。
ケンゴ:その「私用で通せばよかった」という後悔は、実は正しい実務的判断でもある。矛盾するようだが、聞いてほしい。有休は理由を問われない権利だ。だから「私用」で押し通すのは権利の正しい行使であって、卑怯なごまかしではない。あなたが後ろめたく感じる必要はない。
アキ:でもケンゴ、それって結局「悲しみは隠せ」ってことにならない? 大事な子が死んだのに、それを「私用」って一言に畳んで誰にも言えないまま出社するの、私はやっぱり寂しいよ。
ケンゴ:アキの言うことも分かる。ただ──私は、職場に理解を求めることと、自分の心を守ることを同じ土俵に載せない方がいいと思っている。理解のない相手に悲しみを差し出せば、今回のように削られる。だったら悲しみは、それを受け止められる場所にだけ差し出す。職場には権利として「私用」と告げる。これは冷たさじゃなく、自分の柔らかい部分を守る鎧だ。
サキ:……ケンゴさんの言うことも分かります。ただ、私はその鎧を全員が着られるわけじゃないと思うんです。この方はきっと、鎧を着るのが下手な人なんですよ。だから正直に理由を言った。そういう人に「次からは私用と言いなさい」だけ渡すと、「自分の素直さがいけなかった」ってまた責めてしまう。だから私は、鎧の着方より先に素直だったあなたは何も悪くない、って伝えたいんです。
アキ:それだ。私が言いたかったの、それ。
サキ:ご本人の話に戻りますが──あなたは今、後悔の中で「言った私が悪い」と「渋った相手が悪い」の二択で自分を追い詰めていますよね。でも、たぶんどちらも違うんです。あなたは素直だった。相手は不器用だった。悪者を決めなくても、この話は終われるんです。
自分に問いかけるロードマップ
- 「理由を言わなければよかった」という後悔は、本当に「間違えた」のか。それとも正直だった自分を、傷ついた勢いで責めているだけではないか。
- 私は職場に「理解」を求めていたのか、それとも単純に「有休を取る権利」を行使したかっただけなのか。この二つを、私は無意識に混ぜていなかったか。
- 悲しみを差し出す相手を、私は選んでいいのだと知っていたか。すべての人に分かってもらう必要はないと、自分に許可を出せているだろうか。
本日の羅針盤
今夜のこの章で、あなたに持ち帰ってほしいことは一つです。
「理由を言わなければよかった」という後悔を、自分への叱責にしないでください。今回の事はあなたが素直で、大切な子のことを堂々と語れる人だったという証拠です。素直さが裏目に出ることはあっても、素直さそのものが間違いだったわけではありません。
ケンゴの言う「鎧」も、サキの言う「素直さの肯定」も、どちらも正しい。次に同じ場面が来たとき、相手を見て「この人には権利として告げる」「この人には気持ちも話せる」と選び分けられれば、それでいい。分かってくれる人にだけ、悲しみを差し出せばいいのです。
そしてもし、今も床の冷たさや来ない足音のことをふと思い出して立ち尽くしてしまうなら——それは弱さではありません。十六年分の時間が、まだあなたの体に残っているというだけのことです。急いで乾かさなくて大丈夫です。




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