事務職10年「何も身についてない」と感じるアラサーへ。焦燥感の正体

第二章:10年分の自分を、紙の上に降ろしてみる

ケンゴさんに「現在地を書き出してみろ」と言われて、私は週末、コンビニで買ったA4のノートを開いた。ボールペンを握ったまま十分くらい、何も書けなかった。

「何をやってきましたか」と自分に問うても、頭に浮かぶのは毎朝コーヒーを淹れて、メールをチェックして、電話を取って──そういう、輪郭のない一日の繰り返しだけだった。

でも、ふと思い出した。去年の年末、経理の山田さんが急に休んだとき、月次の締めを私が代わりに回したこと。新人の子が泣きそうになっていたとき、取引先への謝罪メールの文面を一緒に考えたこと。コピー機が壊れた日、業者を呼びながら手書きで請求書を仕上げたこと。

あれ、と思った。書き始めると、止まらなくなった。

棚卸しの手順 ―― ケンゴが現場で使ってきた方法

ケンゴ:書き始められたなら、それでいい。最初の十分が空白だったというのは、むしろ正常な反応だ。日常業務というのは、終わった瞬間から記憶が薄れていく構造になっている。だから意識して掘り起こす必要がある。

アキ:でもさ、ケンゴさん。書き出すって言っても、何をどう書けばいいのか、最初わかんなくない?わたしも転職活動のとき、職務経歴書の前で固まったことあるよ。

ケンゴ:その質問はもっともだ。私が部下に勧めているのは、三つの軸で書き出す方法だ。一つ目は「事実」。何年何月に、何をやったか。二つ目は「困難」。そのとき何が大変で、どう乗り越えたか。三つ目は「変化」。その経験で、自分の何が変わったか。この三つを、できるだけ具体的に書く。

サキ:なるほど、ですね。「事務をやっていました」だけだと一行で終わっちゃうけど、「経理担当が急に休んだ月の締めを引き継いで、初めて触る会計ソフトを三日で覚えた」と書けば、そこには困難と変化が両方ある、ということですね。

ケンゴ:その通りだ。これは履歴書のためではなく、自分自身に「お前はちゃんとやってきた」と認めさせるための作業だ。転職するかどうかは、その後の話だ。

シオン:書き出された言葉は、書いた本人を書く前とは少し違う場所に連れていく。そういうことがありますね。

「やる気が出ないこと」と「向き不向き」を分けて考える

アキ:でもさ、棚卸しして「意外と色々やってきたじゃん」ってわかったとして、それで明日からやる気が出るかっていうと、ちょっと別問題だと思うんだよね。わたし、ここが一番むずかしいと思う。

サキ:そうですね。やってきたことを認めるのとこれからの仕事に活気が出るのとは、別の回路かもしれません。

ケンゴ:鋭い指摘だ。ここで一つ、整理しておきたいことがある。「やる気が出ない」という状態には、二種類あると私は考えている。一つは、その仕事自体は嫌いじゃないが評価や報酬の構造のせいで張り合いが生まれにくいケース。もう一つは、仕事の中身そのものが自分の気質と合っていないケース。
この二つは、対処法が全く違う。

アキ:あー、それわかる。同じ「やる気でない」でも、原因が違えば打ち手も違うよね。

ケンゴ:前者であれば、評価構造の外側に自分なりの目標を設定することで状況は改善する。たとえば業務改善の提案を年に三件出す、後輩の育成に関わる、社内の別部署の仕事を手伝ってみる──こういった「自分発の動き」を増やすだけで、同じ職場でも景色は変わる。

サキ:後者の場合は、どうですか。

ケンゴ:後者であれば、転職を真剣に検討する価値がある。ただし、ここで重要なのは、「今の仕事が嫌だから逃げる」という動機で動かないことだ。それでは次の職場でも同じことを繰り返す。「自分はこういう環境でこそ力が出る」という仮説を持って動くべきだ。

シオンからの問い ―― 30歳という節目について

シオン:少し、別の角度からの問いになります。相談者の方は、「30歳という節目」と書いていらっしゃいました。けれど節目というのは、本当に年齢が決めるものなのでしょうか。

サキ:と、いうと?

シオン:30歳に意味があるのは社会がそう取り決めたからであって、その人の人生にとって必然的に意味があるわけではありません。20代のうちに何かを成し遂げなければならないという感覚は、いつから誰によって、私たちの中に植え付けられたものなのでしょう。

アキ:……それ、ちょっと胸に刺さるな。確かにわたしも30が近づいてきて、勝手に焦ってる部分があるかも。でも、その焦りって自分の中から湧いてきたものじゃないのかもしれないんだ。

ケンゴ:シオンの指摘は重要だ。私自身、40代後半まで生きてきて思うが、30歳というのは何の節目でもない。35歳でキャリアチェンジした同僚も、40過ぎてから資格を取り直した部下もいる。人生の長さを考えれば、30歳はまだ序盤だ。

シオン:急いで答えを出さなくてもいい、というだけのことかもしれません。けれどその「急がなくてよい」という感覚を取り戻すことが、案外、前向きさの入り口になるのではないだろうか。

気づきのセクション ―― 「活気」は、どこから来るのか

相談者は「活気をもって仕事をしたい」と書いていました。この「活気」という言葉を、もう少し紐解いてみたいと思います。

活気とは外から与えられるものではなく、自分が何かに関与しているという実感から立ち上がるものです。同じ書類を作るのでも、「言われたから作る」のと「自分が必要だと思って作る」のとでは、終わった後の手応えが全く違う。前者は疲労だけが残り、後者は疲労の中に微かな満足が混じる。

10年間、相談者は前者の状態で働いてこられたのかもしれません。決してサボっていたわけではない。むしろ真面目に、与えられたものを完遂してきた。けれど、「自分が必要だと思って動く」という回路をあまり使ってこなかった。だから、回路が錆びついている感覚がある。

この回路は、使えば戻ります。最初は小さくていい。明日の朝、誰にも頼まれていない仕事を一つだけ、自分の判断で片付けてみる。それだけで、回路は少し動き出します。

第二章の結論:10年分の棚卸しは転職するためのものではなく、自分自身に「やってきた」と認めさせるための作業だ。そのうえで「やる気が出ない」状態を、評価構造の問題なのか、仕事の中身の問題なのかに切り分ける。
前者なら、自分発の小さな動きを職場に持ち込むことで状況は変わる。後者なら、次の環境への仮説を持って動くべきだ。そして、30歳という年齢に過剰な意味を持たせる必要はない。人生の時間軸はもっと長く、回路を取り戻すための時間は、まだ十分にある。

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