事務職10年「何も身についてない」と感じるアラサーへ。焦燥感の正体

最終章:明日の朝、最初の一歩として何をするか

四人の話しを聴いてきて、私の中で何かが少しずつ動いていた。

10年間、私は「向上心がない自分」を責めていた。同期と比べて、SNSの誰かと比べて、「ちゃんとしている人たち」と比べて、自分には何もないと思い込んでいた。

でも、ノートに書き出した経験は決してゼロではなかった。判断の軸が、四つもある。十年後の自分が今の私に何を言ってくれるかも、なんとなく想像できるようになってきた。

あとは明日の朝から、何をするかだ。大きなことじゃなくていい。むしろ小さなことの方がいい。最初の一歩として、私は何を選べばいいんだろう。

四人からの「明日の一歩」

ケンゴ:では最後に、それぞれが「明日から実際に何をするか」を一つずつ手渡そう。難しいことは要らない。今夜から、あるいは明日の朝から、すぐに始められることだ。

ケンゴからの一歩 ―― 「業務日誌を、自分のために書き始める」

ケンゴ:私から提案するのは、明日から「業務日誌」をつけることだ。会社に提出するためのものではない。自分のために書く、自分だけの記録だ。

アキ:業務日誌って、なんかちょっとハードル高くない?

ケンゴ:形式は自由でいい。一日の終わりにノートに三行だけ書く。「今日やったこと」「困ったこと」「次に活かせること」。これだけだ。三行なら、五分で書ける。

サキ:三行なら、続けられそうですね。

ケンゴ:これを三ヶ月続けると、自分の働き方の輪郭が見えてくる。何にエネルギーを使い、何で達成感を得て、何で消耗しているか。これは転職の判断材料にも、今の職場での工夫の素材にもなる。10年分の棚卸しを今からやり直すのは骨が折れるが、明日からの記録なら誰でも始められる。

アキからの一歩 ―― 「ちょっとだけ楽しみなことを、月曜日に仕込む」

アキ:わたしからは、もっとゆるい提案。「月曜日の朝に、ちょっとだけ楽しみなことを仕込んでおく」っていうのをやってみてほしい。

サキ:楽しみなこと、ですか。

アキ:うん。たとえばね、日曜日の夜のうちに月曜の朝飲むコーヒー豆をちょっとだけ良いやつに変えておく。お気に入りのカップを準備しておく。お昼に食べたいパン屋さんの場所を調べておく。それだけでいいの。

ケンゴ:仕事のモチベーションとは別の話に聞こえるが。

アキ:そう、別の話。でもね、仕事のやる気って仕事の中だけで作ろうとすると無理ゲーになるんだよ。一日の中に「自分のための小さな楽しみ」が何個あるかで、月曜日の重さって変わる。それが結果的に、仕事に向き合うエネルギーになる。

シオン:仕事のためにではなく、自分のために用意する小さな喜び、ということですね。

アキ:そうそう。「仕事のために頑張る」じゃなくて「自分の機嫌を自分で取れるようになる」ってこと。これ、向上心とかとは別の、もっと根本的な力だと思うんだよね。

サキからの一歩 ―― 「一週間、誰かのために小さな親切を仕掛ける」

サキ:私からは、ちょっと違う角度の提案ですね。一週間だけ、職場で誰かのために小さな親切を、毎日一つずつ仕掛けてみてほしいんです。

アキ:親切を仕掛ける?

サキ:はい。後輩が困っていたら声をかける。先輩のコーヒーをついでに淹れる。誰かが探していた書類の場所を覚えておいて、聞かれる前に伝える。本当に小さなことでいいんです。

ケンゴ:それが相談者の状況にどう作用するんだ。

サキ:「自分が職場に必要とされている」という実感って、評価や給料からは案外得られないんですよ。でも、誰かが「ありがとう」と言ってくれる瞬間からは、確実に得られるんです。一週間続けると職場が「自分のいる場所」として、少しだけ違って見えてきます。

シオン:誰かのために動いた行為が、結果として自分の場所を作っていくということでしょうか。

サキ:ええ。それで職場の見え方が変わらなければ、それは「やはり今の場所は自分には合わない」というサインかもしれません。逆に少しでも温度が上がるようなら、まだここで耕す余地はある、ということです。判断材料にもなる、優しい実験だと思っています。

シオンからの一歩 ―― 「一日に十分、何もしない時間を持つ」

シオン:私からの提案は、もしかしたら一番難しいかもしれません。一日に十分だけ、何もしない時間を持ってほしい、ということです。

アキ:何もしないって?スマホも見ないってこと?

シオン:はい。スマホも、本も、テレビも、音楽もなしで。ただ座って、窓の外を見るとか、お茶を飲むとか、それだけの時間を一日のどこかに十分間。

ケンゴ:現代人にとっては、これは相当な訓練が要る。

シオン:そうですね。最初は落ち着かないかもしれません。手持ち無沙汰で、すぐにスマホを取りたくなる。けれどその何もしない十分間に、ふと、自分が本当に考えたかったことが浮かんでくることがあります。焦りや比較で埋め尽くされた頭の中に、自分の声が戻ってくる時間とでも言えばよいでしょうか。

サキ:子育てしていると、本当に難しい時間ですよね。でも、大事なのはわかります。

シオン:向上心や前向きさは、騒がしい場所からは生まれにくいのかもしれません。静けさの中で、自分が本当に何をしたいかがようやく形を持ち始める。十分間というのはそのための、ささやかな入り口です。

四つの一歩を、どう使うか

ケンゴ:四つ提示したが、すべてを一度に始める必要はない。むしろ一つだけ選んで、まず一週間続けてみることを勧める。

アキ:あ、それ大事。完璧主義になると、結局全部やらなくなるからね。

サキ:どれを選ぶかは、今の自分が一番欠けていると感じるものでいいと思います。記録が足りないと感じるならケンゴさんの提案を、楽しみが足りないならアキさんの提案を、繋がりが薄いと感じるなら私の提案を、自分の声が聞こえないと感じるならシオンさんの提案を。

シオン:選ぶこと自体が、もう一歩を踏み出していることですからね。

編集長から、相談者の方へ

四章にわたってお話を聞いてきました。最後に、編集部からお伝えしたいことがあります。

あなたが抱えていた焦燥感は、向上心の欠如から生まれたものではありません。それは10年間、真面目に働き続けてきた人だけが感じることのできる誠実な疲労と、誠実な問い直しでした。

「タイピングが速くなったぐらい」と書かれていたあの一文を、私たちは何度も読み返しました。そしてその謙虚さの裏側に、本当はもっとたくさんのものを積み上げてきた人の影を見ました。あなたが自分で気づいていないだけで、10年というのはそういう時間です。

転職するかしないかは、急いで決める必要はありません。今夜、業務日誌を一行書き始めることでも、明日の朝のコーヒー豆を選ぶことでも、十分間窓の外を眺めることでも、それはもう「動き始めた」ということです。

大きな変化は、いつも小さな選択の積み重ねの先にしか現れません。あなたの30代が自分の声を取り戻していく十年になることを、編集部一同、静かに願っています。

そっと添えておきたいこと

もし、焦燥感や憂鬱感が日常生活に支障をきたすほど強くなっていたり、眠れない・食欲が落ちる・何も楽しいと感じられない、といった状態が続いている場合は、無理をなさらず、心療内科やお住まいの自治体の相談窓口、勤務先の産業医など、専門機関への相談もご検討ください。読み物としての気づきと、専門家のサポートは、両方使ってよいものです。一人で抱え込まないことも、立派な選択肢の一つです。

最終章の結論:明日からの一歩は、四つある。ケンゴの「三行の業務日誌」、アキの「月曜日の小さな楽しみ」、サキの「一週間の小さな親切」、シオンの「十分間の静けさ」。
すべてをやる必要はなく、今の自分に一番欠けているものを一つだけ選び、一週間続ける。それだけで、景色は確実に変わり始める。
向上心は湧き上がるのを待つものではなく、小さな行動の繰り返しの中から、後からついてくるものだ。あなたの10年は、何もない10年ではなかった。そしてこれからの10年は、今夜の一歩から始まる。

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