第二章:距離を引き直す——閉じた職場で自分の輪郭を取り戻すために
第一章で私たちは、「晴らそうとすればするほど、疑いは深まる」という悲しい構造に目を向けました。第二章では、もう一歩進んで考えてみたいんです。あなたが田辺さんとの距離、真知子さんとの距離、そして「自分自身との距離」をどう引き直していけるのか。具体的な場面に降りていきましょう。
サキの声——「線を引くことは、冷たさじゃない」
相談を読みながら私がいちばん心に残ったのは、「距離感が近かったり、あえて離れたりしていたのは事実です」という一行でした。
この一行に、あなたの誠実さがにじんでいるんですよ。揉めている二人のあいだで田辺さんに寄り添ったり、わざと離れたりしていた。それは誰かを傷つけたくない、波風を立てたくないという配慮の動きですよね。
でもね、その「揺れ」が真知子さんから見ると、不規則で読めない動きに映ってしまった可能性があるんです。近づくときと離れるときの差が大きいほど、外から見ている人には「何か特別な意味」があるように見えてしまう。優しさが裏目に出たというだけの話で、あなたが悪いわけではないんです。
これからやってみてほしいのは、「一定の距離」を自分のなかで決めてしまうことです。
たとえば田辺さんとは、業務に必要なことだけを職場の共有スペースで話す。雑談は他の人もいる場所でだけする。二人きりで車に乗ることや、就業時間外に連絡を取ることは避ける。これは田辺さんへの拒絶ではありません。あなた自身の輪郭を、はっきりさせるための線です。
線を引くことは、冷たさじゃないんですよ。むしろ線があるからこそ、その内側で安心して人と関われるようになる。干したばかりのタオルがきちんと畳まれているときの、あの安心感に似ていますよね。
シオンの声——「揺れていた、その理由」
あなたが近づいたり離れたりしていたのは、本当に「配慮」だけだったのだろうか。
これは責めているのではない。問いとして、置いておきたいだけだ。人は誰かの感情の濃い場所に、無意識に引き寄せられることがある。揉めている二人のあいだに立つことで、自分の存在の意味を確かめていた瞬間はなかっただろうか。
もしそうだとしても、それは恥ずべきことではない。むしろ人として、ごく自然な動きだ。ただ、その動きに自分で気づいておくことは、これから先似たような場面に立たされないための、静かな護身になるだろう。
自分の動きの理由を、自分で知っている人は強い。誰に疑われても、ぶれない芯ができるからだ。
アキの声——「ちょっとだけ、サブ目線で言わせて」
横から失礼するね。私、シオンの言ったことすごく大事だなって思ったから、もう一個重ねさせて。
職場って閉じた世界だから、誰かと誰かのドラマに巻き込まれると、その渦のなかで「自分も誰かの物語の登場人物」になっちゃうことがあるんだよね。最初は同情とか、相談に乗ってあげたいって気持ちだったのが、いつの間にかその人たちの関係のなかに「自分の居場所」を見つけてしまう感じ。
それ、悪いことじゃないよ。誰だってあることだし、むしろ仕事に没入してる人ほどそうなりやすい。でも、いま真知子さんの矛先が向いているこの状況は、その渦から抜けるタイミングのサインかもしれないなって思った。渦の外に出ると、最初は寂しいんだけどね。自分の輪郭がちゃんと戻ってくるよ。
ケンゴの声——「組織のなかで、自分を守るということ」
少し、現実的な話をしておきたいと思う。
休日に「今、誰といるのか」と電話をかけてくる行為は、もはや個人的な感情の問題ではない。職場の人間関係から、私生活への侵入が始まっている段階だ。ここから先、状況が悪化したときあなたを守るのは「事実の記録」だ。
いつ、どこで、誰から、どのような言動があったのか。メモでいい。日付と内容を淡々と残しておくことだ。これは相手を訴えるための準備ではない。あなた自身の記憶を、感情の波に流されないかたちで保存しておくための作業だ。
そしてもし状況がさらに深刻化したときは、職場の労務担当、産業医、あるいは外部の労働相談窓口に、その記録を持って相談に行くことができる。ひとりで抱える必要はないし、抱えるべきでもないと思う。
もうひとつ。田辺さんに対しても、いずれ「真知子さんからこのような言動を受けている」という事実を、感情を交えずに伝える必要があるかもしれない。彼が事業所の責任者である以上、職場環境の問題として彼にも対応の責任がある。これは田辺さんを巻き込むのではなく、本来の責任の所在を本来の場所に戻すという意味だ。
気づきのセクション——「自分を疑わないでいる」ということ
ここまで読んでいただいて、もしかしたらこう感じている方もいるかもしれません。「結局、いろいろ動かないといけないのか」と。
違うんですよ。動くことよりも先に、もっと大事なことがあるんです。
それは自分を疑わないでいる、ということです。
身に覚えのないことで疑われ続けると、人は不思議なことに自分自身を疑い始めるんですよ。「私のあの態度が、誤解させたのかな」「私のなかに、本当に何かあったんじゃないか」と。これは相手の疑いが、あなたの内側にまで侵入してきている状態です。
毎朝鏡を見て、自分が薄っぺらく見えるとおっしゃっていましたよね。それはあなたの本当の姿ではありません。真知子さんの目を通したあなたが、鏡に映ってしまっているだけなんです。
だから一日のなかで、ほんの数分でいいので「真知子さんの視線がない場所」で、自分のことを思い出す時間を持ってください。母と二人で囲む食卓でも、窓の外で雪が屋根を擦る音を聞いている瞬間でもいい。あなたが誰の目にも晒されていない、あなた自身でいられる時間です。
その時間が、霧のなかで失われそうになっている輪郭を少しずつ戻してくれます。
もし眠れない日が続いたり、出勤前に動悸がするような状態が長引くようでしたら、お住まいの地域の精神保健福祉センターや心の健康に関する公的な相談窓口に、一度話を聞いてもらうことも考えてみてくださいね。話すこと自体が霧を薄くする力を持っていますから。
第二章の結論
距離を引き直すというのは、誰かを遠ざけることではありません。自分の輪郭を自分の手で描き直す作業です。線を引いた内側で、あなたは誰の物語の登場人物でもない、あなた自身に戻っていける。霧が晴れるのを待つのではなく、霧のなかでも自分の足元が見える小さな灯りを、いくつか自分のために置いておくこと。それが今あなたにできる、いちばん静かで、いちばん強い行動です。




コメント