泣ける器は小さくない、満ちているから溢れるのだ ―― 涸れない泉のほとりで

涙腺というやっかいな才能 ―― 第二章:泣ける器は、どうやって育つのか

六十年、抜かなかった棘のこと

ケンゴが第一章で触れた「男のくせに」という言葉について、もう少し立ち止まってみたいと思います。

ケンゴ:私はこの一言に、この方の人生の重心があると見ている。考えてみてほしい。近所の子にからかわれたのはおそらく六、七歳の頃だ。それから今日まで、この方はその言葉を抜かずに持ち歩いてきた。
時計の部品なら、六十年ものの錆は落とすのに一苦労だろう。人間は、抜けばいいと分かっている棘ほど、抜けないものだ。私にも覚えがある。若い頃に上司から言われた一言を、いまだに反芻することがある。

アキ:わかる、それすごくわかるよ。でもね、ケンゴさん。私、ちょっと違う見方もしたくて。──あ、ケンゴさんの言うことは本当にその通りなんだけど。棘って、本当に「抜くべきもの」なのかな。

ケンゴ:というと。

アキ:抜いたらたぶん、この人じゃなくなっちゃう気がするんだよね。だってさ、「男のくせに」って言われて、それでも六十年泣き続けたんだよ。これって、負けてないってことじゃない? 棘が刺さったまま、それでも一回も涙を我慢しなかった。むしろ棘に勝ち続けてきた六十年だと思う。私、抜かなくていいって言いたい。刺さったまま、花咲かせちゃえばいいって。

ケンゴ:……なるほど。私は棘を「取り除くべき障害」として見ていたが、アキは「共に生きてきた証」として見ているわけだ。その視点は、私にはなかった。

アキ:でしょ。ケンゴさんが構造で見てくれるから、私はその上で違う色を塗れるんだよ。

別れ際に泣く人の、時間の感じ方

第一章でシオンが触れた「一回一回を、二度と戻らない時間として感じている」という点。ここにこの方の涙の秘密が、もうひとつ隠れているように思います。

シオン:軽トラの荷台から、祖母が畑の脇で手を振る。土埃の立つ砂利道。その光景をこの方は六十年以上たっても鮮明に覚えている。なぜだと思うか。

アキ:うーん……大事な思い出だから?

シオン:それもある。だが私は、順序が逆ではないかと思うのだ。大事だから覚えているのではなく、あのとき泣いたから、大事になったのではないだろうか。

アキ:あ……。

シオン:涙は、時間に印をつける行為なのかもしれない。多くの人は、また会えると分かっている別れをさらりと通り過ぎていく。だがこの方は、そのひとつひとつに涙という印をつけてきた。だからこの方の人生には、他の人の何倍もの「忘れられない瞬間」が刻まれている。孫の「また来るね」も、いつかあの砂利道と同じ場所に仕舞われるのだろう。

ケンゴ:それは……効率で考えれば損な生き方だ。感情の消耗が激しい。だが、人生の終わりに手元に残る思い出の数々という尺度で測るなら──この方は、途方もない富を蓄えてきたことになる。私のように感情を節約してきた人間より、よほど豊かな帳簿かもしれない。

アキ:ケンゴさんが「豊かな帳簿」って言うの、なんかいいね。数字の人が、涙を資産って認めた瞬間じゃん。

ところで、ご本人の話に戻ります

議論が少し熱を帯びてきたので、いったんこの方自身に立ち返ります。

この方は「問題ないでしょうか」と尋ねました。裏を返せば、心のどこかで「問題かもしれない」と長く思ってきたということです。五十九歳、時計の修理という孤独な手仕事を続け、妻を見送り、それでも涙は涸れない。その涙を、この方自身がまだ完全には肯定しきれていない。

アキ:そこなんだよね。周りは「優しい人」って言ってくれる。でも本人は、その優しさをまだ自分で「いいもの」って受け取れてない。誰かに肯定されるより先に、自分で自分の涙を許してあげてほしいなって思う。

シオン:許す、というより──おそらくこの方はもう気づいているのではないだろうか。だからこそ、こうして問いを投げてくれた。答えが欲しいのではなく、誰かに「そのままでいい」と言ってほしかった。それだけのことなのかもしれない。

自分に問いかけるロードマップ(第二章)

  • 涙もろさを「直したい」と思ったことは、これまで何回あるだろうか。そしてその「直したい」は、自分の願いだったか、誰かの視線だったか。
  • 泣いた瞬間を思い出せる回数と、泣かずに通り過ぎた出来事を思い出せる回数。どちらが多いだろうか。
  • 「そのままでいい」と、他人ではなく自分の声で言ってみたら、どんな感じがするだろうか。

本日の羅針盤(第二章)

第二章で見えてきたのは、この方の涙が「弱さ」でも「未熟さ」でもなく、時間に印をつけ、思い出を富として蓄える独自の生き方だということです。

ケンゴは棘を「取り除くべき障害」と見て、アキは「刺さったまま花咲かせる証」と見ました。二人の見方は食い違いましたが、どちらが正しいかを決める必要はありません。棘を抜きたい日があってもいいし、抜かずに咲かせたい日があってもいい。あなたの涙はそのどちらの日にも、静かにあなたの側にあります。

シオンの言葉を借りるなら、あなたはおそらく、もう答えを知っています。この記事はその答えの隣に、「そのままでいい」と一言添えるために書かれました。

還暦を越えても涸れない涙を持つこと。それは心の歯車が今も正確に時を刻んでいる、何よりの証拠です。

よりみちナビゲーター

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