目を見て話せない僕が気づいたこと。視線恐怖と「火のいらない避難所」の話

第二章 眉間のあたりと、火のいらない三分間

相談文を送った翌週、僕は思い切って区役所の窓口で小さな実験をしてみた。羅針盤の人たちが言っていた、相手の眉間のあたりに視線を置くというやつだ。

午前十時、住民票を取りに来た年配の女性の応対だった。いつもなら緊張して、顔のどこを見ればいいのか分からなくなる。でもその日は彼女の眉と眉のあいだ、少し上のあたりに視線を置いてみた。
すると不思議なことに、目そのものを覗き込むときの重さはなくて、それでも「見ている」という感覚が自分の側に残った。女性は「ありがとうね」と言って帰っていった。いつものように胸は波打たなかった。

ただ、昼休みはやっぱり駄目だった。休憩室で同僚三人が笑っている輪に入ったとき、途中でまた息が詰まった。誰かがこちらに話を振ってくる。その瞬間、視線をどこに置けばいいのか分からなくなって、僕は「ちょっと吸ってくる」と言って喫煙所に逃げた。灰皿のふちに肘をついて煙を吐きながら、また逃げたな、と思った。

窓口の見知らぬ相手には楽になれたのに、なぜ心を許してもいいはずの同僚の前で、あんなに苦しくなるんだろう。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:これ、すごく大事なこと書いてくれてるよ。窓口の初対面のおばあちゃんとは、眉間作戦でちょっと楽になれた。でも休憩室の同僚では駄目だった。ねえ、これって順番が逆に感じない? ふつう知らない人のほうが緊張しそうなのに、この人は仲良くなりたい相手のほうがしんどいんだよ。

ケンゴ:私も同じところに目が留まった。むしろこれで、仮説が裏づけられたと思う。第一章で私は「壁を作った選択が原因だ」と言ったが、より正確にはこうだ。
窓口の相手には、そもそも壁を作る必要がない。一回きりの、書類を挟んだ関係だからだ。だが同僚は、深く関わればまた失うかもしれない相手だ。だから心が近づけば近づくほど、防衛反応が強くなる。緊張の強さは、相手への期待の裏返しだろう。

アキ:……ケンゴの言うこと、今回はすごく腑に落ちた。緊張が強いのは、その人を大事に思ってる証拠ってことだよね。

ケンゴ:そうだ。だからこの人は、壊れているわけではない。むしろ人との関係を軽く扱えない、誠実な人間だと私は思う。

サキ:私、「ちょっと吸ってくる」と言って席を立った場面が、胸に残りました。逃げたと自分を責めておられますよね。でも、それは逃げというより、退避のスイッチを自分で持てているということでもあって。息が詰まったとき、その場で固まってしまう人が本当に多いんです。この方は「一旦離れる」という手を知っている。ただ──その避難先が、いつも火をつけるものである必要はたぶんないんですよね。

アキ:あ、それ気になってた。タバコに頼るなって言うんじゃなくて?

サキ:ええ、頼るなとは言いません。ただ、喫煙所でこの方が得ているのは、ニコチンだけじゃないと思うんです。「三分間、誰とも向き合わなくていい」という時間と、手を動かす所作。それって火がなくても作れるものではないかしら。トイレで手を洗う一分、廊下の窓から外を見る三十秒。飲み物を淹れに行って、カップを両手で包む時間。手が塞がっていると、人はふしぎと落ち着くんですよ。

ケンゴ:サキの言うことも分かる。ただ、私はそこは慎重にいきたい。代わりの避難所を増やすのは良い。だがそれが、「常に逃げ道を用意する」方向に進むと、根本の緊張と向き合わないまま年月が過ぎる。私が思うに、避難所を持ちつつ同時に「三十秒だけ踏みとどまる」練習も要る。逃げてもいい、しかし逃げる前に一呼吸だけそこに留まる。その一呼吸が、五年後の距離を変える。

サキ:……ケンゴさんの、逃げてもいいけれど一呼吸だけというのは私も賛成です。ゼロか百かにしないところが、生活の実感に合っていますね。

シオン:ところでこの方は、「なぜ心を許してもいい相手ほど苦しいのか」と問うておられる。それは問いの向きが少し違うのかもしれないと私は感じた。心を許してもいい相手だから苦しいのではない。まだ許していいのか、自分の心が決めかねているから、目が迷うのではないだろうか。目は心が答えを出す前に動く。答えが出れば、目はきっと自然に落ち着く場所を見つける。

自分に問いかけるロードマップ

  • 窓口の相手には楽で、同僚には苦しい。この差は「緊張の大きさ」ではなく、「その人を大事に思っている度合い」だとしたら、僕の緊張は何を守ろうとしているのか。
  • 喫煙所で得ている三分間から、煙だけ取り除いたらそこに残るものは何だろう。時間か、所作か、それとも「向き合わなくていい」という許可か。
  • 息が詰まったとき、逃げる前に「三十秒だけ残る」ことは、今の僕にできるだろうか。できないなら、数秒ならどうか。
  • 同僚と本当に仲良くなりたいのか。それとも、仲良くなりたい自分をまだ許せていないだけなのか。

本日の羅針盤

第二章で見えてきたのは、あなたの緊張が「壊れた反応」ではなく、「大切に思う相手ほど強く働く防衛反応」だということです。窓口の初対面より同僚のほうが苦しいのは、あなたが人間関係を軽く扱えない誠実さの表れだと、ケンゴは受け止めました。まず、この見方をひとつ持ち帰ってください。

そのうえで、二つの方向を同時に進めることをおすすめします。
ひとつはサキの言う「火のいらない避難所」を増やすこと。飲み物を淹れる、窓の外を見る、手を洗う——手が塞がる、あるいは視線に逃げ場のある行動をいくつか用意しておくと、喫煙所以外にも退避のスイッチが持てます。
もうひとつはケンゴの言う「逃げる前の一呼吸」。息が詰まった瞬間に席を立つのではなく、心の中で三十秒数えてから動く。この三十秒が、少しずつ「その場に留まれる自分」を育てます。

シオンの言葉のように、目が迷うのは心がまだ答えを出していないからかもしれません。無理に「仲良くならなければ」と決める必要はありません。近づいてもいいし、今は距離を保ってもいい。その選択権が自分にあると分かるだけで、視線の重さは変わっていきます。

なお第一章でもお伝えした通り、身体反応が生活に支障をきたすほど続く場合は、心療内科や認知行動療法を扱うカウンセリングが具体的な手立てを持っています。ここで挙げた練習を、「専門家と一緒に組み立てる」のが最も確実です。専門機関への相談もご検討ください。

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