目を見て話せない僕が気づいたこと。視線恐怖と「火のいらない避難所」の話

第三章 三十秒、そして去った男の椅子

相談を送ってから、季節がひとつ動いた。窓口の外の街路樹が色を落とし始めた頃、僕はあの「逃げる前の三十秒」を、少しずつ試すようになっていた。

ある夕方、退庁間際に同僚の一人が話しかけてきた。「今度の休み、お子さんと動物園でも行くんですか」と。以前ならその瞬間に視線が泳いで、適当に流して席を立っていた。でもその日は心の中で、数を数えた。一、二、三。眉間のあたりに視線を置いて、留まった。「まだ迷ってるんですよ、娘は動物園より水族館派で」と、自分でも意外なくらい自然に言葉が出た。相手は笑った。僕も少しだけ笑えた。胸は、それほど苦しくなかった。

帰り道、ふと隣の空いた席のことを考えた。春に辞めていった同期の椅子は、今は新しく入った若い職員が座っている。僕はいつの間にか、その椅子を「彼のいた場所」としてしか見ていなかった。もういない人の残像を、毎日となりで見ていたのだ。目を合わせられなかったのはもしかしたら、あの空席のせいであったかもしれない。

仲良しはもういらない、と決めたはずだった。でも本当は、もう一度あんなふうに誰かと笑いたかったのだと、この頃ようやく認められるようになってきた。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:私さ、ここ読んで泣きそうになったよ。「水族館派で」って言えた瞬間の、あの少しの笑い。三十秒数えるって地味な練習が、ちゃんとこの人の口を動かしたんだよね。すごいことだと思う。
あとね、「もう一度誰かと笑いたかった」って自分で認められたでしょ。あれが一番大きい。閉じたって決めてた心の扉に、自分でノックできたんだよ。

ケンゴ:私も、この三章は前進だと受け止めている。ただ一点、冷静に言っておきたいことがある。この一回うまくいったことで、「もう治った」と思い込むのは早い。対人緊張というのは、良い日と悪い日の波がある。次にまた息が詰まる日が必ず来る。そのとき「せっかく良くなったのに」と落ち込むと、かえって逆戻りしやすい。だから今回の成功は、ゴールでなく「うまくいく日もある」という一点として記録しておくのがいい。

アキ:……ケンゴさん、それ水を差してるように聞こえるけど、たぶん優しさだよね。次にダメだった日に、この人が自分を責めないための予防線を張ってくれてるんでしょ。

ケンゴ:そう受け取ってもらえるとありがたい。良い日を一度知った人間ほど、悪い日に厳しくなる。それを先に伝えておきたかっただけだ。

サキ:私が心を動かされたのは、空いた椅子のくだりでした。もういない人の残像を、毎日となりで見ていた——これ、生活の中でしか気づけない類の発見ですよね。頭で「もう仲良しはいらない」と決めても、身体は毎日あの椅子の方向を見ていた。視線が泳いでいたのは行き場のなくなった目が、いなくなった人を探していたからかもしれません。

アキ:あ……それ切ないけど、すごくしっくりくる。

サキ:ええ。だからこの方に一つだけ。新しく座った若い職員さんのことを、「彼の後任」ではなくその人自身として、一度見てあげてほしいんです。椅子はもう、別の人のものになっている。それを認めるのは寂しいけれど、認めた分だけ、視線はこの席に戻ってこられる気がして。

シオン:この方は「あの空席のせいでもあったのかもしれない」と書いておられる。私は去った同期を惜しむ気持ちを、無理に手放さなくてよいと思っている。人が去った場所に空白が残るのは、そこに確かに縁があった証だ。埋めなくていい。ただ、その空白の隣で、あなたはまた新しい縁を結び始めている。去った人を忘れることと新しい人と笑うことは、両立するのではないだろうか。

自分に問いかけるロードマップ

  • 「水族館派で」と自然に言えたあの三十秒、僕の身体は何を許していたのだろう。あの感覚を、次はどんな場面で思い出せるだろうか。
  • 悪い日は必ず来る。そのとき「戻ってしまった」ではなく「今日はそういう日だ」と言える自分を、今から用意しておけるか。
  • 隣の椅子に座る新しい職員を、僕は「彼の後任」として見ているか。その人自身として見たことがあるか。
  • 去った同期を惜しむ気持ちと、新しく誰かと笑いたい気持ちは本当に矛盾しているのか。両方あっていいと思えたとき、目はどこに落ち着くだろう。

本日の羅針盤

第三章で最も大きな変化は、あなたが「三十秒の踏みとどまり」で実際に言葉を交わせたこと、そして「本当はもう一度誰かと笑いたかった」と自分の願いを認められたことです。
閉じたと思っていた扉に、あなた自身がノックできた。これは小さな一回ではなく、心の向きが変わった証とアキは受け止めました。

そのうえで、ケンゴの言葉を御守りとして持ってください。良い日を知ると、悪い日が来たときに落ち込みやすくなります。次に息が詰まる日が来ても、それは後戻りではなく「そういう波の日」です。うまくいった日と同じくらい、うまくいかない日にも自分を責めないこと。この二つがそろってはじめて、回復が安定します。

そしてサキとシオンが示したのは、視線が泳いでいた本当の理由かもしれません。
あなたの目は、いなくなった人を探していた。去った同期を惜しむ気持ちは、手放さなくて大丈夫です。ただ、隣の椅子はもう別の人のものになりました。それを認めた分だけ、あなたの視線は「今、目の前にいる人」へと戻ってこられます。去った人を大切に思うことと新しい人と笑うことは、両立します。

窓口の相手、休憩室の同僚、久しぶりの友人——あなたはもう、少しずつ目を合わせる場所を選び直し始めています。それでも身体反応が重く続く日が長引くようなら、ここまでの練習を専門家と一緒に整えるのが確実です。心療内科やカウンセリングは、あなたのこの前進を土台にして手を貸してくれます。専門機関への相談もご検討ください。

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