目を見て話せない僕が気づいたこと。視線恐怖と「火のいらない避難所」の話

最終章 完璧に戻らないまま、また誰かと笑う

相談を送ってから、半年が過ぎた。窓口の外の街路樹は葉を落としきり、僕は厚手のコートで通勤するようになった。

正直に言えば、目を合わせるのが完璧に平気になったわけではない。今でも、休憩室で急に話を振られると視線が一瞬泳ぐ日はある。息が詰まる朝もある。でも、あの頃と違うのはそういう日が来ても、「また戻ってしまった」とは思わなくなったことだ。今日はそういう波の日だ、と自分に言える。ケンゴさんという人が言っていた通りだった。

隣の椅子の若い職員とは、少しずつ話すようになった。彼を「あいつの後任」ではなく、水族館の年間パスを持っているらしい一人の同僚として見られるようになったのは、つい最近のことだ。この前、娘を連れて行く水族館の話で盛り上がった。目を合わせて笑えた。三十秒数える必要は、もうなかった。

タバコは、まだやめていない。ただ、以前ほど喫煙所に逃げ込まなくなった。飲み物を淹れに行く時間や、窓の外を眺める三十秒が、いつの間にか火のいらない避難所になっていた。

春に辞めた同期とは、先月ひさしぶりに連絡を取った。転職先で元気にやっているらしい。あの空席を毎日見ていた頃の自分を思うと、少しおかしくなる。忘れたわけじゃない。ただ、隣を見る目が今の席に戻ってきた。それだけのことだった。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:ねえ、私、この最終章がいちばん好きかもしれない。だってこの人、「完璧に平気になったわけじゃない」ってちゃんと書いてるでしょ。治りましたって嘘をつかない。それでも笑える日があった。それでいいんだよね。完璧に元通りにならなくても、また誰かと笑い合える。それが答えだと思う。

ケンゴ:私も、この着地は正しいと思う。「また戻ってしまった、とは思わなくなった」という一文に、この半年の全部が入っている。良い日と悪い日を、波のまま受け入れられるようになった。これは治癒ではなく、成熟だ。私が最初に言った「壁は選び直せる」というのも、結局こういうことだった。壁をなくすのではなく、開ける場所と閉じる場所を自分で選べるようになる。この人はそれを手に入れた。

アキ:ケンゴさんのその言い方、最初の頃はちょっと理屈っぽく聞こえたけど、最後まで読むとさ、ずっとこの人の味方だったんだなって分かるよ。

ケンゴ:……そう言われると、少し照れる。

サキ:私、「三十秒を数える必要は、もうなかった」の一行で、ほっと胸を押さえました。あんなに苦しかった三十秒が、いつの間にか要らなくなっている。それって、練習が身体に染みたということですよね。頭で頑張るのをやめて、身体が覚えてくれた。飲み物を淹れる時間が火のいらない避難所になったというのも、生活の中で自然にそうなったのが良くて。無理に矯正したんじゃない。暮らしがこの方を、少しずつ運んでいったんですね。

シオン:この方は「忘れたわけじゃない、ただ隣を見る目が今の席に戻ってきた」と書いておられる。私はこれがすべてだと思う。人は去った者を忘れることで前に進むのではない。惜しむ気持ちをそのまま胸に置き、目だけが今に戻る。喪失は消えない。だが、消えないまま抱えて、また誰かと笑える。それを人は回復とも、生きるとも呼ぶのではないだろうか。

自分に問いかけるロードマップ

  • 完璧に元通りにならなくても、また誰かと笑えた。この「完璧じゃないまま」を、僕はこれから自分に許し続けられるだろうか。
  • 息が詰まる日が来ても、「今日はそういう波の日だ」と言えるようになった。この言葉を、他のどんな場面で自分にかけてあげられるだろう。
  • 去った人を惜しむ気持ちと、今の隣にいる人と笑う気持ち。半年前は矛盾していたはずのこの二つは、今どんなふうに僕の中で並んでいるだろうか。
  • ここまで来られた自分に、半年前の落ち込んでいた自分はなんと声をかけるだろう。

本日の羅針盤

四つの章を通してたどり着いたのは、「完璧に元通りになること」がゴールではなかったということです。目を合わせるのが怖くなったあの日から、あなたは元の自分に戻ろうとしていました。でも本当に手に入れたのは、去った人を胸に置いたまま、また新しい誰かと笑える自分でした。

アキが最初から寄り添ってくれた通り、まずは苦しくなる自分を責めないこと。
ケンゴが示した通り、壁はなくすのではなく、開ける場所と閉じる場所を選べるようになること。
サキが見てくれた通り、頭で頑張るのではなく、暮らしの中で身体が覚えていくこと。
そしてシオンが最後に置いてくれた通り、喪失は消えないまま抱えていい、ということ。

視線が泳いでいたのは、あなたが人との関係を軽く扱えない誠実な人だったからです。それは弱さではなく、あなたの優しさの形でした。だから、これからまた息が詰まる日が来ても、どうか思い出してください。あなたはもう、火のいらない避難所を持っている。逃げる前に三十秒だけ留まれる。そして完璧じゃないまま、また誰かと笑える人になった。

もし、この先どうしても波が深く長引く日が続くようであれば、ここまで積み重ねてきた練習を専門家と一緒に整えるという選択肢もあります。心療内科やカウンセリングは、あなたのこの半年の前進を土台にして、さらに支えてくれます。それは頑張りが足りないからではなく、自分を大切にする合理的な一手です。専門機関への相談もご検討ください。

半年前、長い相談文を送ってくれたあなたへ。読み終えてくれて、そして自分の心を言葉にしてくれて、こちらこそありがとうございました。あなたの目はもう、探すのをやめて今を見ています。

全四章を終えて(編集長より)

「昔はそうでもなかったのに、目を合わせられなくなった」という一つの問いから始まったこの物語は、症状を「治す」話ではなく、失ったものを抱えたまま人とまた向き合っていく話になりました。
答えを一本に絞らず、四人それぞれの視座を残したのは、あなたにとっての羅針盤の針がどこを指すかは、あなた自身が決めることだからです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました