介護中に浮かぶ恐ろしい想像。自分を責める前に知ってほしい「侵入思考」の話

「悪い私」の声と、それでも抱いていたい腕

私は四十代の男性で、七十を過ぎた父を自宅で介護している。妻はいない。父は脳梗塞の後遺症で右半身が思うように動かず、食事も入浴も私の手を借りる。

父を車椅子から布団へ移すとき、ふと思う。このまま手を離したら、と。とろみをつけた粥をスプーンで運ぶとき、この熱いままの粥を、と。爪を切るために父の手を握ったとき、この鋏で、と。頭の中に、自分の意思とは無関係な光景が何度も割り込んでくる。

父は嫌いではない。むしろ、頑固だった父がこんなに小さくなったことが切なくて、少しでも長く一緒にいたいと思っている。それなのに、憎い相手にするような残酷な想像が止まらない。実際に手をかけたことは一度もない。それでも、こんなことを考える自分が父の隣にいていいのかと、夜になると怖くてたまらなくなる。

昔、職場で心をすり減らして体を壊したことがある。あの頃から、何かがずっと壊れたままな気がしている。このままでは、いつか本当にやってしまうのではないか。私はどうしたらいいのだろう。

よりみちナビゲーターの対話

サキ:読ませていただいて、まず私が思ったのは──それだけ怖いと感じていらっしゃること自体が、あなたが「やりたくない人」だという何よりの証拠なんですよね。本当にそうしたい人は、こんなに震えたりしないんです。爪を切ろうとして握ったお父様の手の、薄くなった皮膚の感触。あなたはそれを覚えていて、大切だと思っている。その手触りが、あなたの中にちゃんと残っている。

アキ:うん、それ、すごくわかるよ。私も夜中に「もし」って考えが勝手に湧いてくることあるもん。頭ってさ、こっちが命令してないのに勝手に最悪の映像を流してくるんだよね。だからね、まず言いたいのは──その想像が浮かぶこと自体で、自分を責めないでほしい。浮かぶこととやることは、まったく別だから。

サキ:ただ、アキさん。ここで少しだけ踏み込ませてください。私、「浮かぶだけだから大丈夫」で終わらせたくないんです。この方は「日に何度も」割り込んでくると書いていらっしゃる。それが毎日、介護のたびに続いているなら、それはもうご本人の気力だけで抱えていい量を超えているように思うんですね。

アキ:……サキさんの言うこと、わかる。私、ちょっと「大丈夫だよ」で安心させたかったのかも。でもそれだと、この人を一人で頑張らせちゃうよね。

サキ:ええ。あなたの優しさは大切です。その上で私が生活の実感として知っているのは──こういう考えが繰り返し湧いてくる状態にはちゃんと名前があって、対処の方法もある、ということなんです。
侵入思考」と呼ばれるもので、疲れや不安が強いときに、脳が「一番やってはいけないこと」を先回りして警告のように映し出す。決してあなたが異常だからではありません。だから、精神科や、お住まいの地域の相談窓口に、この「割り込んでくる考え」のことをそのまま話してほしいんです。専門機関への相談を、どうかご検討ください。眠れているか、食べられているか、そこも含めて診てもらえる場所です。

アキ:私もそれがいいと思う。一人で「自分は頭がおかしいのかも」って抱えるの、しんどすぎるよ。名前がついて、対処法があるってわかるだけで、怖さって全然違うはずだから。

シオン:……お二人の話を聞いていて、思ったことがある。あなたは「こんな私が隣にいていいのか」と問うている。けれどその問いを立てられる人こそ、隣にいていい人ではないだろうか。刃物を怖いと感じる手は、刃物を握るための手ではない。あなたが恐れているのは、父を傷つけることだ。つまりあなたは傷つけないことを、誰よりも強く願っている。その願いの深さが、そのまま想像の生々しさになって返ってきているのかもしれない。願いと恐れは案外、同じ根を持っている。

自分に問いかけるロードマップ

  • その考えが浮かんだあと、私は実際にどう振る舞っているだろう。手を止めて、離れて、深呼吸をしていないだろうか。その「やらない」という選択を毎回続けている自分を、私はきちんと数えているだろうか。
  • 最近、まとまって眠れた日はいつだろう。自分のためだけに食事をした日は。介護を担う私自身の体と心を、誰かに預ける時間を持てているだろうか。
  • 「頭がおかしい」という言葉で、私は自分を裁いていないだろうか。その裁きは、正しい情報に基づいたものだろうか。それとも疲れた私が自分に向けている、もう一つの「割り込んでくる考え」ではないだろうか。

本日の羅針盤

サキは言います。この苦しさには名前があり、対処法があると。だから専門機関にこの「割り込む考え」をそのまま伝えることが、いちばん確かな一歩になる、と。

アキは言います。想像が浮かぶことで自分を責めないでと。浮かぶこととやることは違う。その怖さを一人で抱えないでほしい、と。

シオンは静かに残します。刃物を怖いと感じる手は、刃物を握るための手ではないと。あなたの恐れの深さは、そのまま愛情の深さなのかもしれない、と。

三つの声に共通しているのはたった一つ。あなたはもう十分に一人で耐えてきた、ということです。この記事を閉じたあと、どうか次の一歩として精神科や地域の相談窓口、あるいは信頼できる誰かに、この気持ちを言葉にしてみてください。


専門機関への相談のご案内 このような「自分の意思に反して浮かぶ考え」に強い恐怖を感じている場合、一人で抱え込まず、精神科・心療内科、またはお住まいの自治体の相談窓口(保健センター、精神保健福祉センター等)にご相談ください。眠れない・食べられないといった状態が続く場合は、早めの受診が助けになります。

よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

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