第二章 ―― 手を止められた、その一秒のこと
あれから私は、自分の一日を少しだけ観察するようになった。
朝、父の口元にスプーンを運ぶ。粥の湯気が立つ。あの考えが割り込んでくる。けれど気づいたのだ。私は、割り込まれた次の瞬間、必ずスプーンを一度、皿の縁に置いている。息を吐いている。そして「熱くないか」父に尋ねている。その一連の動きを、私はこれまで一度も自分の手柄として数えたことがなかった。
恐ろしい想像ばかりを数えて、そのたびきちんと立ち止まってきた自分を、まるで無かったことにしていた。
よりみちナビゲーターの対話
サキ:これ、読んでいて胸が熱くなりました。「スプーンを一度、皿の縁に置いている」。この一秒に、あなたのすべてが表れていると思うんです。恐ろしい考えは確かに勝手に湧いてくる。でもそのあと、あなたが取る行動は勝手じゃない。あなた自身が選んでいるし、毎回選び続けている。ここに暮らしの手触りとしての希望があるんですね。
アキ:わかるよ。しかもさ、この人、ずっと「湧いてくる考え」の回数だけ数えてたんだよね。何十回も怖い想像をしたって。でも「何十回、ちゃんと手を止めた」かは数えていなかった。同じ出来事なのにどっちを数えるかで、見え方って真逆になるんだよ。
サキ:ええ。ただ、私はここで一つだけ、正直にお伝えしたいことがあるんです。「立ち止まれている自分を認めよう」という話は、とても大切です。でも、それを「だから病院に行かなくても大丈夫」の理由にしてほしくはないんですね。むしろ逆で──これだけ毎回きちんと踏みとどまるために、あなたは毎日、ものすごい量の力を使っている。その消耗こそが心配なんです。
アキ:……あ、そうか。私、「大丈夫な証拠が見つかったね、よかったね」で終わらせようとしてた。でも、頑張って踏みとどまり続けてる状態って、本人はずっと全力疾走してるってことだもんね。
サキ:そうなんです。マラソンを毎日、全力ダッシュで走り続けている感じ。倒れないのはすごいことだけれど、それは「支援がいらない」という意味じゃない。むしろ「これ以上、一人で走らせてはいけない」という意味なんですよね。だから専門機関には、やっぱり繋がってほしい。あなたの頑張りを、休ませてあげるためにです。
シオン:……私はさっきから、あなたの「数える」という言葉が気になっている。あなたは自分の恐ろしい想像を数え、責めてきた。けれど数えるという行為は本来、大切なものを見失わないために人がしてきたことだ。羊飼いが羊を数えるように。あなたはずっと、間違ったものを数えていたのかもしれない。今日から数えるべきは割り込んできた考えの数ではなく、父の口元に無事に届いたスプーンの数ではないだろうか。
自分に問いかけるロードマップ
- 今日、私が「立ち止まれた回数」は何回だっただろう。恐ろしい考えの数ではなく、そのあとに息を吐き、手を置き直した数を、寝る前に一度、指で数えてみられるだろうか。
- この毎日の全力疾走を、私はいつまで続けるつもりだろう。誰かに「少し代わってほしい」と言える相手は、専門家も含めて一人でも思い浮かぶだろうか。
- 父の隣にいる私は、本当に「危険な私」だろうか。それとも危険を誰よりも恐れ、毎回それを退けている「見張り役の私」だろうか。私はどちらの名前で自分を呼んでいるだろう。
本日の羅針盤
第二章で見えてきたのは、たった一つの事実です。あなたは恐ろしい考えに一度も従っていない。何十回も割り込まれ、何十回も踏みとどまってきた。
サキは言います。その踏みとどまりには、想像を超える量の力が使われている。だからこそその頑張りを休ませるために、専門機関に繋がってほしい、と。
アキは言います。数える対象を変えてみてと。「怖い考えの回数」ではなく「ちゃんと止まれた回数」を数えたとき、あなたの一日は違う顔を見せるはず、と。
シオンは残します。あなたが数えるべきは退けた恐れの数ではなく、無事に届いた優しさの数ではないか、と。
「見張り役の私」という言葉を、どうか覚えておいてください。あなたは加害者ではなく、加害を最も恐れ、それを毎回防いでいる番人です。ただ、番人にも交代は必要です。次の一歩として、その交代を頼める場所──精神科や地域の相談窓口──に、この日々を言葉にして預けてみてください。
専門機関への相談のご案内 「踏みとどまれているから大丈夫」と感じられても、その状態を保つために強い緊張が続いている場合、心身の消耗は蓄積します。眠れない・食欲がない・気持ちが休まらないといった状態が続くときは、精神科・心療内科、または自治体の精神保健福祉センターや保健センターへのご相談をおすすめします。




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