頭を下げなかった私が、二十年後にようやく渡せた言葉。理不尽な過去を越えて

「言い返した私が悪いの?」理不尽に叱られた20年前の傷

私は今年で四十八になる、地方都市の市立図書館で働く女です。二十年以上前、まだ二十代半ばで民間の設計事務所にいた頃の話を、今でも夢に見ることがあります。
私の斜め向かいの席には、四十半ばの女性の先輩がいました。仕事らしい仕事はほとんどせず、始業から三十分もすれば取引先ではなく友達に長電話。
「今日のお昼どこ行くー?」を午前十時から始める人でした。声だけは大きくて、私のことは「ちょっと、そこの新人ちゃん」と、名前で呼んでくれたことは一度もありません。夏の事務所は冷房が効きすぎて指先が冷えるのに、その人の机の周りだけは、甘い香水と柔軟剤の混じった濃い匂いが漂っていました。
その人は当時流行っていた女優をやたら意識していて、髪を明るく染め、「私のことは下の名前で呼んでいいわよ」と得意げに言いました。仕事もしない人を、どうして立てなければいけないのか。私は断りました。総務の相談窓口にも何度も足を運びます。けれど返ってくるのは「もう少し様子を見ましょうね」だけ。
とうとう限界がきて、私も一度だけ「少し静かにしてもらえますか」と言い返してしまいました。そうしたら翌日、その人は所長に泣きついたらしく、呼び出されたのは私だけ。「あんな言い方はないだろう」と、私だけが叱られたのです。あれはいったい、何だったのでしょうか。


よりみちナビゲーターの対話

アキ: これ、読んでて胸のあたりがぎゅっとなったよ。二十年以上経っても夢に見るって、それだけその時のあなたが、ちゃんと真面目に、真っ当に怒ってた証拠だと思う。「仕事もしない人を、どうして立てなきゃいけないの」って——その感覚、間違ってないよ。私はまず、そこを認めてあげたい。冷房で冷えた指先まで覚えてるくらい、あなたは神経を張りつめてたんだよね。

ケンゴ: その怒りが正当だという点に、私も異論はない。ただ、事実の構造として一つ押さえておきたい。あなたが叱られたのは「正しくなかったから」ではない。所長は既に社内で長く居場所を築いている先輩と、入って間もない新人と、どちらを守るほうが自分にとって面倒がないかを計算した。それだけの話だ。相談窓口の「様子を見ましょう」も無能なのではなく、動く気がなかった。ここを混同すると「自分の言い方が悪かったのか」と、いつまでも自分を責め続けることになる。

アキ: ……ケンゴさんの言うこと、分かる。分かるんだけどさ。ただ、私はそこで「はい、構造の問題ですね」って割り切れるほど、人の心って強くないと思うんだ。だって彼女は、実際に所長室で一人だけ立たされて、相手は泣いて被害者ヅラしてたんだよ。あの、味方がゼロになる瞬間。理屈じゃ癒えないよ。まず「怖かったよね」でしょ。

ケンゴ: ……アキの言うことも分かる。孤立の恐怖を軽く見るつもりはない。ただ——だからこそ私は、「あなたは負けたわけではない」と伝えたいんだ。あの場面で頭を下げて、相手を持ち上げて機嫌を取っていれば、あなたは楽になれたかもしれない。だがそれは、自分を売る取引だ。あなたはそれをしなかった。組織の評価という短期の勝敗では負けたように見えても、五年後、十年後のあなた自身から見れば、それは筋を通した記録として残る。

シオン: ——おふたりの言葉を聞いていて、私はふと思った。この方は「あれは何だったのか」と問うている。答えを求めているようでいて、本当はもう、答えをご自身の中に持っておられるのかもしれない。二十数年、忘れられなかったということは、それがあなたにとって「どうでもいいこと」ではなかったということ。人は心底どうでもいいものを、こんなに長く握りしめたりはしないものだ。


自分に問いかけるロードマップ

  • 私が本当に許せなかったのは「その先輩の態度」だったのか、それとも「それを黙認した組織」だったのか。矛先はどちらに向いているだろう。
  • あの時「言い返した自分」を、私は今も責めているだろうか。それとも、よくやったと言ってやりたいだろうか。
  • 二十数年、この記憶を手放せなかったのは、まだ受け取れていない「誰かからの一言」を待っているからではないだろうか。

本日の羅針盤

あなたが叱られたのは、あなたが間違っていたからではありません。
ケンゴの言うように、それは組織が「動かないこと」「波風を立てないこと」を選んだ結果であり、あなたの正しさとは別の次元の話です。
そしてアキの言うように、その理屈を分かってもなお、あの日の孤立の痛みは本物でした。両方を無理に一つにまとめる必要はないのだと思います。

シオンが触れたように、二十数年これを覚えていたということ自体が、あなたが自分の筋を大切に生きてきた証です。あの日「頭を下げなかった」あなたを、今のあなたが責める必要はありません。あの時どうしても受け取れなかった「よくやったね」という一言を、今の自分から当時の自分へ、静かに渡してあげてもいい頃でしょう。それがきっと、二十年握りしめてきた手を、ゆっくりほどいてくれるはずです。

もし今も、この記憶が眠りを妨げるほど心を締めつけるのであれば、信頼できる専門機関(公認心理師によるカウンセリング等)に当時の気持ちを言葉にして預けてみることも、ひとつの選択肢としてご検討ください。

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