始発のバス停で、私はまた二本分の言葉を飲み込んだ
六月の朝、五時四十分。雨上がりのアスファルトから、生ぬるい水の匂いが立ちのぼっていました。
私は五十二歳。独身、市の外れの団地で猫と二人暮らしです。総菜屋の仕込みに入るため、始発のバスに乗ります。いつもは五時二十分の便ですが、その日は前の晩に炊いた煮豆の火加減が気になって台所を離れられず、一本遅らせました。
バス停のベンチに、彼が座っていました。八年前まで通っていた市民合唱団の、テノールの人です。白いものが増えた髪をしていましたが、背中の丸め方も、譜面を膝に置いて指で拍を刻む癖も、あの頃のままでした。
合唱団にいた三年間、私は彼と一度しか話していません。楽譜の束を配る係になって、「二十二ページからです」と言っただけです。それだけのことを、家に帰ってから何度も反芻しました。
その朝も同じでした。隣に座ったのに喉の奥が乾いて、用意していたはずの言葉が全部ひっこんでしまう。耳のあたりが熱くなって、バスが来るまでの七分間、私は自分の靴の先だけを見ていました。彼は先に降りていきました。会釈すらできませんでした。
それでもその日は一日じゅう、機嫌がよかったのです。玉ねぎを刻みながら、鼻歌が出ました。五十二にもなってと思います。
始発のバス停です。明日も同じ時刻に立てば、また会えるかもしれません。八年前と同じように、何もしないまま終わるのだけは避けたい。私はあの人と話せるようになりたいのです。
よりみちナビゲーターの対話
サキ: まず、煮豆の火加減で一本遅らせた朝に彼がいた、というところ。この偶然を大事に思う気持ちは、本当によく分かりますね。それと、玉ねぎを刻みながら鼻歌が出たというのが、私はいちばん心に残りました。五十二歳の朝に鼻歌が出る出来事って、そうそうありません。まずそこはうれしいこととして、手元に置いておいていいと思うんです。
アキ: うん、それ。私も同じところで胸がぎゅっとなったよ。あのね、話しかけられなかったことを失敗みたいに書いてるけど、隣に座れたんだよね。八年前は楽譜を渡すだけだった人の、隣に。それだけでもう身体は動いてるんだよ。
喉が乾くのも耳が熱くなるのも、身体が全力で「大事な人だ」って知らせてるサインだから、そこを直そうとしなくていいと思う。明日はもう、思いついたこと言っちゃえばいいよ。「おはようございます」の五文字でいい。
ケンゴ: アキの言うことも分かる。その温かさが相談者を救う面は、確かにある。ただ、私は別のことを心配している。「明日も会えるかもしれない」という前提そのものだ。
この方は始発のバス停に八年ぶりの偶然を託しているが、彼が同じ便に乗る理由は分かっていない。通院かもしれないし、単発の用事かもしれない。
偶然に賭ける作戦は、外れたとき「やはり私は駄目だった」という結論だけが残る。私が勧めるのは、合唱団という接点を使うことだ。団は今も活動しているのか。夏の演奏会はあるのか。八年前の名簿はどうか。声をかける場を、自分の側で設計したほうがいい。
アキ: ケンゴさんの筋は通ってると思う。ただね、演奏会を調べて名簿を探しての段取りを踏んでるうちに、あの鼻歌が消えちゃうことがあるんだよ。この人が八年動けなかったのは、準備が足りなかったからじゃないと思う。準備をしすぎたからじゃないかな。楽譜を配るときの一言だって、たぶん前の晩から練習してたはずだよ。
ケンゴ: 練習が悪いとは言っていない。準備の向き先が違うと言っている。「何を話すか」の準備には終わりがないが、「どこで会うか」の準備には終わりがある。終わりのある準備のほうが、この方の性分には合うだろう。
サキ: お二人の言うこと、どちらも要るんだと思います。ところで、私が気になっているのは朝五時四十分という時間なんです。仕込みの前の、いちばん頭が回っていない時間ですよね。しかも雨上がりで、バスは七分後に来る。その状況で初対面同然の相手に八年分を背負って話しかけるというのは、条件として厳しすぎませんか。
アキ: ……たしかに。
サキ: 話せなかったのは、性格のせいというより場面のせいという面もあると思うんです。だから明日、無理に会話を成立させなくていいと私は思います。目を合わせて会釈する。それだけに持って行く。会釈が返ってきたら、翌朝は「おはようございます」。三日目に「合唱団にいらっしゃいませんでしたか」。バス停は毎朝来ますから、一回で仕上げなくていいんですよ。総菜の仕込みと同じで、前の日の下ごしらえが翌日を軽くします。
ケンゴ: その積み上げには賛成する。ただし三日目までに彼が現れなければ、合唱団の線に切り替えること。それだけは付け加えておきたい。
サキ: ええ。逃げ道ではなく、二本目の道として持っておく。それは心強いですね。
なお、人前で顔が赤くなる、頭の中が働かなくなるという反応が仕事や生活の広い場面で長く続いてつらいという場合には、社交不安として相談を受け付けている医療機関や、自治体の心の健康相談窓口もあります。恋の話とは別に、生きづらさのほうが重いと感じるときは、そちらも選択肢に入れてみてください。
自分に問いかけるロードマップ
- 八年前、楽譜を配ったあの一言を家で何度も思い返したとき、思い返していたのは「失敗」でしたか。それとも「話せた」という事実でしたか。
- 明日、彼がバス停にいなかったとしたら、あなたは何を失いますか。鼻歌の出た一日は、それでも残りませんか。
- 会釈を返してもらえなかったときの自分に、あなたは何と声をかけますか。総菜屋で新しいパートさんが失敗した日、あなたなら何と言いますか。
- あなたが本当に欲しいのは、彼と交際することですか。それとも、好きな人の前で自分の声が出るという経験そのものですか。
本日の羅針盤
サキの言う「一回で仕上げない」は、五十二年ぶんの癖を三日で変えようとしないための知恵です。会釈、挨拶、質問。段階を低く刻めば、身体は思ったよりついてきます。
アキの言う「身体のサインを直さなくていい」は、赤面と乾いた喉を敵にしないための構えです。緊張は好意の裏返しであって、欠陥ではありません。
ケンゴの言う「偶然に賭けない」は、明日彼が来なかった朝のための備えです。バス停という一本の糸に八年分を結びつけると、糸が切れたときの落胆が大きすぎます。
三つのどれが正解かは、明日の朝五時四十分に決まります。ひとつだけ確かなのは、あなたはすでに一本遅いバスに乗ったということです。煮豆の火加減が、あなたを八年ぶりのベンチまで運びました。





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