事務職10年「何も身についてない」と感じるアラサーへ。焦燥感の正体

私、30歳になるんだな、もうすぐ

金曜日の夕方、定時のチャイムが鳴る少し前。私はいつものように机の上の書類を揃えて、来週の自分のために付箋を一枚貼る。事務職になって、もう10年。手の動きは勝手に進んでいく。たぶん、目を閉じていてもキーボードは打てると思う。

帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見てふと思う。私、30歳になるんだな、もうすぐ。

同期の子が、SNSでプロジェクトリーダーに抜擢されたと書いていた。大学時代の友達は転職して年収が上がったと笑っていた。みんな、なんだか前を向いている。私はというと、与えられた仕事をミスなくこなして、お昼に何を食べるかを考えて、定時で帰る。それだけ。

悪いことなんて、何もしていない。ちゃんと働いている。でも、「この10年で何が身につきましたか」と面接で聞かれたら、たぶん私はうつむいてしまう。タイピング、速くなりました。それくらいしか出てこない。

給料は成績に反映されないし、頑張ったところで何かが大きく変わるわけでもない。だからやる気を出す理由が見つからない。でも、このままあと何十年もぼんやり働き続けるのかと思うと、胸の奥がざらつくんです。せっかくならもう少し、自分の人生に活気がほしい。向上心、というほど大げさじゃなくていいから。

こんな私でも、新しい月曜日をもう少し前向きに迎える方法はあるんでしょうか。

長く働いてきた者として ―― ケンゴとシオンの対話

ケンゴ:読ませてもらった。率直に言うとこの相談者は、自分を過小評価しすぎだと思う。10年、同じ職場で事務を続けたという事実を本人は軽く見ているが、組織の側から見れば、これは決して当たり前のことではない。

シオン:続いた、ということ自体に何かがあるのかもしれませんね。

ケンゴ:そうだ。私は管理職として、何人もの離職を見送ってきた。三年でいなくなる人間、半年で潰れる人間、そういう中で10年残った人間が現場にいるという事実は、組織にとって相当な資産だ。本人が気づいていないだけで、周囲は確実に「あの人がいるから回っている」と思っている部分がある。

シオン:けれどその評価は、本人の耳には届きにくいものなのではないだろうか。

ケンゴ:その通りだ。日本の事務職は、減点法で評価される構造になっている。ミスをしなければ何も言われない。だから本人は「自分は何もしていない」と錯覚する。だが、ミスをしないという状態を10年維持することのほうが、むしろ難しい。これは断言していい。

シオン:「タイピングが速くなったぐらい」と書かれていましたが、その奥にはもっと、地層のように積もったものがあるのかもしれませんね。

ケンゴ:ある。間違いなくある。たとえば書類の不備に気づく速度。電話口で相手の用件を瞬時に判断する力。誰に何を頼めばどれくらいで返ってくるかという、職場の力学の把握。これらは履歴書には書けないが、現場では金になるスキルだ。新卒が三年かけても身につかない。

焦燥感の正体を、別の角度から見てみる

シオン:ただ、相談者の方が抱えているのはスキルの有無の問題だけではないように感じます。30歳という節目を前に、何かもっと別のものが揺れているのではないだろうか。

ケンゴ:同意する。これは「向上心がない」という問題ではなく、「自分の人生を自分で選んでいる感覚が薄い」という問題だろう。与えられた仕事を、与えられたまま処理してきた。それ自体は誠実な働き方だが、10年経つと自分の意思で何かを選んだ記憶が乏しくなる。その空白に、焦りが入り込む。

シオン:SNSで誰かが昇進したという報せは、その空白に染み込みやすいのかもしれませんね。

ケンゴ:染みる。そして他人の人生の編集済みダイジェストを、自分の未編集の日常と比べてしまう。これは構造上、必ず負ける勝負だ。比較する土俵を間違えている。

気づきのセクション ―― 「向上心」より先に、必要なもの

ケンゴ:相談者は「向上心を持つにはどうしたらいいか」と問うている。だが、私の経験から言わせてもらえば順番が逆だ。向上心というのは何かに取り組んでいるうちに、結果として後からついてくるものだ。最初に向上心を仕入れて、それから動こうとしてもまず動けない。

シオン:では、最初に必要なものは何でしょうか。

ケンゴ:「自分の現在地を、自分の言葉で正確に書き出すこと」だ。10年で何をやってきたか。どんな書類を扱い、どんなトラブルを処理し、誰の役に立ってきたか。これを箇条書きでいいから紙に書く。たぶん、本人が思っているよりずっと長いリストになる。

シオン:その作業は転職するためのものというより、自分の足元を確かめるためのものということでしょうか。

ケンゴ:そうだ。転職するかしないかは、その後で決めればいい。現在地が分からないまま地図を広げても、どこへ行くべきかは見えない。多くの人間がここを飛ばして焦る。

本質的な結論:あなたに必要なのは新しい向上心を外から仕入れることではなく、10年分の自分を一度きちんと棚卸しすることだと思う。事務職を10年続けたという事実そのものが、すでに一つの実績だ。本人が「何もない」と感じているのは、減点法の文化の中で長く働いてきた者特有の錯覚であり、現実ではない。
転職するにせよ、今の職場に残るにせよ、まずは自分の手で自分の経歴を書き出してみる。話はそれからだ。前向きさというのは誰かから分けてもらうものではなく、自分の歩いてきた道を自分の目で確かめたときに、静かに戻ってくるものだ。

そっと添えておきたいこと

もし、焦燥感が日常生活に支障をきたすほど強くなっていたり、眠れない・食欲が落ちるといった状態が続いている場合は、無理をせず、心療内科やお住まいの自治体の相談窓口など、専門機関への相談もご検討ください。読み物としての気づきと専門家のサポートは、両方使ってよいものです。

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