「神」「エグい」に心がざわつく私へ。言葉の赤入れをやめたら見えてきたもの

エピローグ 三月、ハンサムという言葉が返ってきた

年が明けて、三月になりました。山陰にも遅い春が来て、駐車場の隅の水仙が咲いています。

意外なことが二つありました。

一つは、佳奈ちゃんです。あの子は「エグい」をやめませんでした。相変わらず使います。ただ私に話すときだけ、「上が百七十二です、エグいですけど」と言うようになりました。数字と「エグい」が、両方くっついて出てくるのです。はじめて聞いたとき、私は思わず笑ってしまいました。譲歩というより、ふたつの言語を切り替える通訳のようで。彼女は「○○さん用です」と言いました。私は「ありがとう」と返しました。それだけです。

もう一つは、合唱の彼です。三月の練習のあと、彼が古い映画の話をしていて、主演の俳優について「あれは、ハンサムだったなあ」と言いました。私は聞き間違えたかと思いました。彼は日本酒の席で「僕は言葉なんてどうでもいい人間だから」と言った人です。その人が、ハンサムと言ったのです。

帰り道、駐輪場で追いついて訊きました。どうしてその言い方をしたのか、と。彼は少し考えて、「あなたが嫌がらない言葉を、たまには使ってみようと思って」と言いました。それだけ言って、自転車で先に行ってしまいました。

私は水仙のところに立ったまま、少しの間、動けませんでした。十年、誰にも説明せずに赤を入れ続けてきた耳に、はじめて誰かが合わせてくれたのです。合わせてもらうために、私は何も要求していませんでした。ただ一度だけ、分かってもらえなかったのではなく伝えていなかったのだと気づいただけです。

今日も三回、聞きました。数えるのはたぶん、一生やめられません。それでいいことにしました。

よりみちナビゲーターの対話

ケンゴ: これは私が三章にわたって述べてきたことの、想定外の帰結だ。私は「感覚を私物として持ち歩き、公道に出すな」と申し上げた。裁くのをやめれば、摩擦が減るという予測だった。ところが実際に起きたのは、摩擦の減少ではない。周囲があなたに合わせ始めた。これは私の予測範囲を超えている。

アキ: ねえ、私、この報告読んで泣きそうになったんだよね。「○○さん用です」って。あの子、たぶん自分でも気づいてないと思うけど、それって好きな人にしかやらないことだよ。血圧の数字を一個足すのって、めんどくさいもん。めんどくさいことをやってくれる人は、もうこっち側の人だから。

サキ: ええ。それに佳奈さんが、「エグい」をやめていないところがいいんですね。もしやめていたら、この方はきっと居心地が悪かったと思います。自分のために誰かが我慢している状態は長続きしませんから。両方くっついて出てくるというのは、どちらも殺していないということなんですね。

ケンゴ: そこは重要な指摘だ。「○○さん用です」という言い方には、負担の表明が含まれていない。手間として引き受けたのではなく、遊びとして採用している。──私はこの一点で、この職場は当面壊れないと判断する。

アキ: ……ケンゴさんの分析、たしかに当たってると思う。ただ、私は判断とか判定の話にしたくないんだよね。ここはただ、良かったねって言っていい場面じゃない? 誰かが自分に合わせてくれたことに、五十六歳の人が駐輪場で立ちすくんだ。それだけの話で、じゅうぶん足りてると思う。

ケンゴ: ……そうだな。それでいい。

サキ: 珍しく素直ですね。

ケンゴ: 三章分、負け続けたのでな。

アキ: あと、合唱の彼のことなんだけど。あれ、絶対「ハンサム」って言うために映画の話を持ち出したよね。順序が逆だと思う。言いたい言葉が先にあって、それを使う場面を探したんだよ。で、言ったあとに恥ずかしくなって自転車で逃げた。かわいすぎない?

サキ: 私もそう読みました。「たまには」という言い方に、照れが全部出ていますね。

ケンゴ: ……その解釈も否定しない。

シオン: 言葉を選ぶ人と、言葉を選ばぬ人。第一章で私は、どちらも伝わらなさに耐えている点では同じ場所に立っていると言った。今その二人が、互いの側へ一歩ずつ動いた。──こういうことがときどき起こる。理由は分からない。ただ、要求しなかった者のところにだけ、静かに届くようだ。

自分に問いかけるロードマップ

  • 「○○さん用です」と言われたとき、笑ってしまったのはなぜか。
  • 私は何も要求しなかった。それでも届いた。ならばこの十年に足りなかったのは要求だったのか、それとも待つことだったのか。
  • 数えるのを一生やめられないとして、それは苦しみか、それとも私の職業がまだ生きている証拠か。
  • 駐輪場で動けなかったあの少しの時間に、私は何を受け取ったのか。
  • 来年の三月、水仙のところで私は誰の言葉を思い出すだろうか。

本日の羅針盤

ケンゴの見立て: 予測は外れた。裁くのをやめた結果として得られるのは、摩擦の減少にとどまらない。あなたが自分の感覚を裁きの道具として使わなくなったとき、周囲はそれを「守るべきもの」として扱い始める。理屈は説明できるが、経験しないと信用できない類の話だ。あなたはそれを、五十六歳の三月に経験した。私からは以上だ。

アキの見立て: 苦手なままでいい、って第一章で言ったのが、こんな形で回収されると思わなかったよ。好きにならなくても、大事にしてくれる人が現れる。世の中、そういうふうにもできてるんだね。

サキの見立て: どちらも我慢していないというのが、いちばん嬉しかったところです。佳奈さんは「エグい」を手放さず、あなたは耳を手放さず、それで一緒に働けている。生活が回るとは、そういうことなんですね。

シオンの余韻: 三回聞いて三回とも聞き逃さなかった耳が、いつのまにか誰かに一言を選ばせた。──そういう耳を癖と呼ぶのは、惜しい。

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