番外編 ―― 会釈のあとで
数か月後の短い便り
あの相談をしてから、季節がふたつ変わりました。潮の匂いのする窓は相変わらずで、翻訳の締め切りに追われる毎日も、そう変わってはいません。ただ、ひとつだけ報告したいことがあって、また筆を執りました。
あの夢に、声をかけてみたんです。とはいっても目が覚めた朝、布団のなかで心のなかで小さく呟いただけなんですが。「見ていたよ」って。
そうしたら――泣いてしまって。夢の記憶がまだ指先に残っているその朝に、自分でも驚くくらい涙が出て。恐怖で泣いたんじゃないんです。もっと違う、なんというか、長いあいだ誰にも言えなかったことをやっと言えたような。そんな涙でした。
よりみちナビゲーターの対話
シオン:便りをありがとう。私はあなたが泣いたと書いてくれたその一行を、しばらく読み返していた。恐怖の涙ではなかった、と。あの朝布団のなかで起きたことは、たぶんあなたが思っているよりずっと大きなことだ。
サキ:私、この便りを読んで胸のあたりがあたたかくなりました。あんなに「辛い、疲れた」と書かれていた方が、今は「泣いてしまって」と、少し照れたみたいに報告してくれている。この変化は意味づけがどうこうより先に、まず素直に良かったと言いたいんです。
ケンゴ:私も率直に喜ばしいと思う。ひとつ、構造の面から言い添えたい。「見ていたよ」という言葉は、実は相手にかけた言葉であると同時に、自分自身にかけた言葉でもある。
長いあいだ、あなたは夢の恐怖を「早く忘れたいもの」として押しのけてきた。つまり、見て見ぬふりをしてきた。その自分に対して初めて、「見ていたよ」と認めた。涙が出たのは抑え込んでいた承認欲求を、自分の手で満たした瞬間だったからだ――私はそう読む。
サキ:ケンゴさんのその見方、すごく腑に落ちます。ずっと素通りしようとしてきた自分の一部を、やっと「いていいよ」って迎え入れたというか。
シオン:ケンゴの見立ては、確かだと思う。ただ――私はそこにもうひとつだけ、別の光を当ててみたい。あなたが泣けたのは、夢の「誰か」がほんとうに応えてくれたからかもしれない。証明はできない。器を借りた自分の一部だったのか、それとも縁(えにし)の糸の向こうにいた、まぎれもない別の誰かだったのか。私たちには決められない。けれど、決められないままでいいのだ。応えがあったという手触りだけが、あなたのなかに残った。それでじゅうぶんではないだろうか。
変わったこと、変わらないこと
サキ:便りのなかで、私が好きだなと思ったのは「毎日はそう変わってはいません」という一行なんです。劇的に人生が変わったわけじゃない。締め切りには追われるし、窓の外は同じ港町。でもそのなかで、ひとつだけ確かに変わった。夢との距離が変わった。生活ってそういうふうに、地味に更新されていくものだと思うんです。
ケンゴ:同感だ。私が最も評価したいのは、まさにそこだ。「劇的な解決」を報告してこなかったところに、この人の誠実さがある。恐怖が完全に消えたとは書いていない。夢を見なくなったとも書いていない。ただ、向き合い方がひとつ変わった。それだけを正直に報告してきた。この地に足のついた変化こそ、本物だと私は思う。
シオン:ところで――あなたにひとつだけ、問いを残しておきたい。「見ていたよ」と声をかけたとき、あなたは夢の誰かに向けてそう言った。けれど次にもし、また新しい「わからない時代」の誰かが訪ねてきたら。あなたはもう恐れるだけの人ではない。声をかけられる人になった。その変化を、あなた自身はどう受け止めているだろうか。
自分に問いかけるロードマップ(番外編)
- あの朝の涙を、あなたは今、どんな涙だったと名づけたいだろうか。恐怖・解放・再会――言葉にするなら、どれに近いだろう。
- 「見ていたよ」と言えたあなたは、昼の世界でもその言葉を、誰かにかけてあげられるだろうか。
- 次に訪ねてくる夢を以前より少しだけ恐れずに待てる自分を、あなたは信じてあげられるだろうか。
本日の羅針盤(番外編の結び)
前世であったのか、無意識の一部であったのか。番外編の最後まで、私たちはそれを決めませんでした。決めないままあなたは声をかけ、応えを受け取り、涙を流した。その事実だけが静かに残っています。
ケンゴの言うように、それは押しのけてきた自分自身を迎え入れた瞬間だったのかもしれない。
シオンの言うように、縁の向こうの誰かが応えてくれたのかもしれない。
どちらであっても、あなたが「早く忘れたいもの」を「見ていたと言える相手」に変えたこと――そこにいちばん大きな変化があります。
夢はこれからも訪ねてくるでしょう。時代がわかるものも、わからないものも。けれどあなたは、もう追い払うだけの人ではありません。会釈のできる人になった。その一歩を、どうかあなた自身がいちばんに認めてあげてください。
なお、心が動いて涙が出るという反応は多くの場合、それ自体が回復の過程です。ただその後に気分の落ち込みが長く続いたり、眠りが再び深く乱れるようなことがあれば、我慢せず心療内科や睡眠外来など専門の手を借りてください。感じ取れる人であることとその感受性に疲れたときに休むことは、どこまでも両立します。




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