第二章 ―― 訪ねてくる「誰か」の、話を聞く
夢のなかへ、もう一度
シオン:前の章の終わりに、私はあなたにひとつ差し出した。次にその夢が訪ねてきたとき、追い払わずに少しだけ話を聞いてあげてはどうか、と。けれど言うのはたやすくても、実際に恐怖のただなかでそれをするのは容易ではない。石畳の冷たさ、逃げる足音――目が覚めた朝、指先にまだ残っているあの感触のなかで、あなたは「聞く」どころか一刻も早く忘れたいと願うだろう。それは当然のことだ。
サキ:そうなんですよね。私、ここは正直に言いたいんです。「夢の声を聞いてあげましょう」というのは、確かにきれいな話です。でも、実際にその方が抱えているのは、朝起きて、まだ心臓が速いまま、それでも子どもの弁当を作ったり原稿を開いたりしなきゃいけない毎日のほうですよね。夜に消耗して昼に取り戻せないまま、また夜が来る。この繰り返しの手触りを飛ばして意味の話だけを進めるのは、私は少し怖いんです。
シオン:サキの言うことは分かる。私は「立ち向かう」ことを勧めているのではない。むしろ、逆だ。恐怖を無理に見つめ直そうとしなくていい。ただ、その「誰か」がいたことを否定しないでおく。それだけで夢の訪れ方は、少しずつ変わることがあるのだ。
「時代が限定されていた」ということ
ケンゴ:相談の文面のなかで一点、見過ごせない事実があると私は思っている。それは「時代がひとつに絞られているように感じていた」という部分だ。
夢というのは本来、脈絡なく飛ぶものだ。昨日の会議と、子どもの頃の遠足と、見たこともない街が、平気で同じ一晩に同居する。それなのにあなたの夢は長いあいだ、ある特定の時代のなかに留まっていた。これは心理の構造から見ると、かなり特徴的だ。
サキ:それは、どういうことなんでしょう。
ケンゴ:ひとつの解釈だが――繰り返し同じ舞台が現れるとき、そこには「まだ決着していない主題」があることが多い。追われる、失う、うずくまる。この三つが同じ時代の衣装をまとって何度も戻ってくるなら、衣装が前世のものかどうかは別として、その主題自体は今のあなたの内側に通じている可能性がある。前世の物語という「器」を借りて、今の恐怖が語られている――そう見ることもできる。
シオン:ケンゴの見立ては興味深い。私はそこに、もうひとつ添えたい。器を借りているのか、それとも本当に別の生の記憶なのか――その判定を、私たちは急ぎすぎているのかもしれない。
チベットの人々が転生を語るとき、彼らは「証明」を目的にしていない。生と生のあいだに縁(えにし)の糸が通っているという感覚を、生きるための土台にしている。あなたにとって大切なのは真偽の決着ではなく、その夢とともに生きていける自分になることではないだろうか。
「わからない」に変わった、あの一夜
サキ:そういえばこの方がいちばん揺れているのは、最近見た夢が「いつの話かわからない」ものだった、というところですよね。ずっとひとつの時代だったのに、突然、地図のない場所に放り出された。それって生活にたとえて言えば……ずっと通い慣れた道を歩いていたら、ある朝知らない交差点に立っていた、そんな心細さだと思うんです。
ケンゴ:その比喩は的確だと思う。構造として言えば、扱われる主題が「次の段階」に進んだ合図かもしれない。ひとつの時代の物語をあなたの内側がある程度受け止め終えたから、次の層が現れ始めた――そういう読み方もできる。
シオン:私はこう考える。「いつの話かわからない」というのは時代が失われたのではなく、時代という枠そのものが、もう必要なくなり始めているのかもしれない、と。
物語には、最初は舞台や衣装が必要だ。けれど本当に伝えたいものが伝わりきったあと、器は静かに溶けていく。残るのは感情の芯だけ。追われる恐怖でも、失う悲しみでもなく――ただ「ここにいた」というその一点。
サキ:……なんだかその言い方だと、少しだけ怖くなくなる気がします。
シオン:あなたが「また別の誰かが訪ねてきたのだろうか」と書いたとき、そこには恐れと同時に、ほんのわずか誰かを気にかけるような響きがあったように思う。訪ねてきた誰か。あなたはその人を厄介払いしたいだけの人ではない。だからこそ、疲れる。無関心なら、疲れたりしない。
自分に問いかけるロードマップ(第二章)
- 長く続いた「ひとつの時代」の夢と、最近の「わからない」夢。前者を、あなたは少しでも受け止め終えられた実感があるだろうか。
- その夢に登場する「誰か」をもし一言だけねぎらえるとしたら、どんな言葉をかけたいだろうか。
- 真偽を決めることと、共に生きられるようになること――今夜の眠りにとって、必要なのはどちらだろうか。
本日の羅針盤(第二章)
長く続いた同じ時代の夢が「わからない」ものへ移ったこと。それを悪化と読むか、ひとつの段階が終わった合図と読むかで、あなたの背負い方はまるで変わります。ケンゴの言う「主題の移行」も、シオンの言う「器が溶けていく」も、指し示している先は同じかもしれません。あなたの内側で何かがひとつ、扱われ終えようとしている。
前世であれ無意識であれ、その夢はあなたを罰しに来ているのではない。訪ねてきた「誰か」に、恐れながらでいいので心のなかで一言声をかけてみる。「もう、大丈夫だよ」でも、「見ていたよ」でもいい。意味を確定させることよりその小さな一言のほうが、夜をほどく力を持つことがあります。
なお、これはあくまで読み物としての一つの見方です。夢による恐怖で眠りが慢性的に妨げられ、日中の不安や消耗が続いているのであれば、その負担は意味づけとは別に専門の手を借りて軽くしてよいものです。睡眠外来や心療内科への相談も、選択肢のひとつとしてどうか心に留めておいてください。




コメント