第二章/連なりを切る人、繋げたまま歩く人
あの写真は、桐の箱に入れて仏壇の下の引き出しにしまっています。仏壇には誰も入っていません。前の住人が置いていったものです。
通院の日は、朝五時に目が覚めます。猫がまだ寝ているうちに湯を沸かして、白湯を飲みます。バスまで四十分あるので、その時間にどうしても数えてしまうのです。彼の病気、親方、印刷会社、自分の腫瘍。四つ並べると、どうしても線が引けてしまう。
病院の待合で番号を呼ばれるまでのあいだ、雑誌をめくる振りをして考えています。もし私があの日、二眼レフを持って行かなかったら。もし灯台の下ではなく、車の中で撮っていたら。
ばかばかしいと自分でも思います。ただ、ばかばかしいと思うことと考えないことは、別のようです。
よりみちナビゲーターの対話
サキ:朝五時に目が覚めて、バスを待つ四十分に数えてしまう。その時間がいちばんきついですよね。
シオン:四つ、と書いておられた。数えられるものだけを数えた四つだ。
ケンゴ:そこだ。私が気になったのは、四つという数の少なさだ。この十年で、この方に起きた出来事が四つしかないわけがない。工房で綴じた本は何千冊あったはずだし、猫を拾った日があり、親方が倒れたあと仕事場を片付けきった日がある。印刷会社が撤退したときこの方は次を探して、実際に見つけている。腫瘍が見つかって、今日まで通院を続けている。それも出来事だ。にもかかわらず、拾い上げられたのは災いの四つだけだった。
サキ:ケンゴさん、それは「良いこともあったでしょう」という話に聞こえてしまいませんか。私はそこがこわいんです。闘病している人に向かって感謝できるものを数えなさいと言うのは、ときに残酷ですから。
ケンゴ:私はそういう意味で言っていない。数を数え直せと言っている。この方は、四つの点を選んで線を引いた。だが点が四十あれば、線は引けない。引けないというより、無数に引けてしまって、どれも意味を持たなくなる。物語が成立するのは、点を減らしたときだけだ。呪いというのは多くの場合、記憶の間引きの結果だと私は思っている。
サキ:……間引きという言い方は、正直だと思います。ただ、その間引きをこの方が意図してやったわけではないですよね。人は痛かったことのほうを勝手に覚えます。私も子どもが熱を出した夜の顔なら十年前のことでも思い出せますが、元気だった日の夕飯は思い出せません。
ケンゴ:そうだろう。だから私は、意図してやり直す作業を勧めている。手を動かしてやるものだ。紙にこの十年で覚えていることを、良いも悪いも関係なく思い出した順に書いていく。二十も書けば、四つで作った線は自然に緩む。バスを待つ四十分に、それをやってもいい。
サキ:それはいいかもしれません。ただ、体力のある日だけにしてくださいね。通院の朝にやることではないと思います。
シオン:私は先ほどから、ひとつのことが気にかかっている。あなたは誰も入っていない仏壇の下に、あの写真をしまわれた。
サキ:……あ。
シオン:前の住人が置いていったもの、と書き添えておられた。誰の位牌もない。それでもあなたはあの箱を、台所の棚でも押入れでもなく、そこに置いた。
ケンゴ:無意識の作法だな。
シオン:そう、祀っておられるのだ。呪いだと言いながら、供えるようにしまっている。人は本当に恐ろしいものをそんな場所には置かない。捨てるか、見えないところへ押し込むか、そのいずれかだ。あなたはどちらもしなかった。
サキ:大事にされているんですね。こわいのに。
シオン:こわいから大事にするのではないかもしれない。あの橙色は、あなたにとって災いの印である前に、あの人がまだ襟を立てて笑っていた最後の記録なのかもしれない。病名を聞く前の彼が写っているのはこの世でその五、六枚だけだから。
ケンゴ:……それは私の言う「線を緩める」よりも、はるかに早い道かもしれない。認めよう。
自分に問いかけるロードマップ
- 四つ以外の出来事を、思い出せる順に紙に書いてみるとしたら、五番目に来るのは何でしょうか。
- あの写真をもし本当に呪いだと信じているなら、なぜ十年も捨てなかったのでしょうか。捨てなかった理由を、自分を責めずに言葉にしてみてください。
- 桐の箱を仏壇の下ではない場所に移すとしたら、どこに置きたいですか。移したくないなら、それはなぜですか。
- バスを待つ四十分に、数える以外にできることをひとつだけ決めておくとしたら、何にしますか。
本日の羅針盤
ケンゴ:呪いは点を四つに間引いたときにだけ姿を現す。数え直す作業は面倒だが、面倒なものだけが効く。
サキ:数え直しは、体力のある日だけで充分です。通院の朝は白湯を飲んで、猫の背中を撫でるだけでいい日にしてください。
シオン:あなたは十年、写真を祀ってこられた。それは呪いを抱えていたのではなく、失われた冬をひとつ、守ってきたということかもしれない。守ってきたものはこれからも守ってよいのだ。ただ、それを自分の病の原因として抱える必要は、もうないのではないだろうか。
通院に伴う不眠や、待合で考えが止まらなくなる状態が続いている場合は、そのまま主治医にお話しください。治療中の心のつらさを扱う相談の枠が用意されている医療機関もあります。専門機関への相談もご検討ください。




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