配属ガチャという言葉の、向こう側
本社に異動してから、半年が過ぎた。
正直に言えば、苦戦している。給与や交通費の申請をチェックして、内容を承認する。一見すると地味な仕事だが、人の生活に直結するぶん間違えられない。それなのに私は、ミスをする。先輩から赤ペンの入った書類を戻されるたび、首の後ろがじわっと熱くなる。
同じ時期に本社へ来た知人がいる。彼女は花形の企画部署にいて、会社全体が参照する資料を作っている。難しい仕事のはずなのに、いつ見ても余裕がある。チャットを打ちながら、隣の人と笑っている。以前「疲れないの」と聞いたら、「最初は大変だったけど、簡単に終わらせる仕組みを作ったから、今はほぼ楽ちん」と返ってきた。
すごい、と思った。同時に、胸の奥に小さな石が沈んだ。
支店にいた頃は、むしろ私のほうが難しい案件を抱えていた気がする。彼女はときどきサボっているようにすら見えた。それでも、頼まれたことのない仕事をさっと仕上げてしまう人だった。「完成品を見せたのに相手は無反応だった」と、少し不満げに笑っていたのを覚えている。
私の仕事は、人が判断しないと回らない部分が多い。「自動化して楽をする」という発想が、そもそも浮かんでこない。
本当に仕事ができる人というのはただ頑張る人でなく、「どうすれば楽にできるか」を考え続ける人なのだろうか。能力の差なのか部署の差なのか、それとも運なのか。
──私は配属ガチャに負けたのだろうか。
よりみちナビゲーターの対話
ケンゴ: この相談、まず切り分けたい。あなたは三つの問いを一つに束ねている。「彼女の能力」「部署の違い」「配属の運」。だが、これは別々の話だ。混ぜると答えが出なくなる。
順番に言う。彼女がやったのは「自動化」じゃない。本質は繰り返す作業の中から型を見つけて、二度目以降を省力化したことだ。これは才能というより習慣に近い。革靴の底が減るように、毎日少しずつ削っていく地味な作業だよ。
アキ: ケンゴさんの言うこと、わかるよ。でも──私はまず、相談者さんの「首の後ろがじわっと熱くなる」っていう感覚のほうが気になるな。赤ペンを戻されるたびに、身体が反応してる。それってもう、けっこう削られてる状態だと思う。
仕組みとか型とか、たぶん正しい。けど、充電切れのイヤホンに「効率化しろ」って言っても鳴らないでしょ。まず、自分を責めるのを一回やめていいって私は言いたい。
ケンゴ: ……それも一理ある。感情を無視しろとは言っていない。ただここで、「自分を責めるな」で止まると、半年後にまた同じ場所で熱くなる。構造を変えなければ繰り返すんだ。あなたの業務は「人が判断しないと回らない」と言うが、本当にそうだろうか。承認の前段階、チェック項目の整理やよくあるミスの一覧化──そこにはまだ、削れる部分が残っているはずだ。
アキ: うーん、そこは半分賛成。でも「まだ削れる」って言われた瞬間、相談者さんは「やっぱり自分のやり方が悪いんだ」って受け取っちゃう気がするんだよね。順番が逆。先に「今のあなたは十分やってる」がないと、改善の話って入っていかないよ。
ケンゴ: ……敬意を込めて言うが、それは優しさの順番論であって、現実は待ってくれない部分もある。とはいえ──アキの言う「順番」は、たしかに私が見落としがちなところだ。認める。
シオン: それぞれの言葉は、どれも嘘ではないだろう。ひとつ、問いを差し入れたい。あなたは「配属ガチャに負けた」と言う。けれど彼女の余裕を見て胸に石が沈んだのは、本当に「部署の差」を悔しがっているからだろうか。それとも「無反応だった」とこぼした彼女と、自分が案外似た孤独を抱えているからではないだろうか。すごい仕事をしても、誰も反応してくれない。それは相手の彼女も味わってきたはずの感覚だ。
自分に問いかけるロードマップ
- 「配属ガチャ」という一語で、能力・部署・運という別々の問題を、ひとまとめにして諦めていないか。
- 彼女の「楽ちん」は、最初から楽だったのか。それとも「最初はかなり大変だった」という前段を、自分は飛ばして見ていないか。
- 自分の業務に「自動化の発想が浮かばない」のは本当か。それとも「ミスを減らしたい」という願いを、まだ言葉にできていないだけか。
- 胸に沈んだ石の正体は「彼女への憧れ」か、「自分が認められていない寂しさ」か。
本日の羅針盤
ケンゴは言う。できる人とは頑張る量ではなく、繰り返しの中に型を見つけ二度目を軽くする人だと。それは才能ではなく、後天的に身につく習慣に近い。あなたの人事業務にも、削れる余地は必ずある。
アキは言う。その前に、赤ペンで熱くなる首をいたわってほしいと。改善は、自分を責めるのをやめたあとにしか始まらない。
二人の見方は、最後まで一本にならなかった。「構造が先か、感情が先か」。けれどこれは、あなたが選んでいい順番だ。
そしてシオンの問いが残る。あなたが本当に欲しかったのは、彼女のような部署だったのか。それとも「ちゃんとやれている」という、誰かからの一言だったのか。配属の運を嘆く前に、その石の正体を見てみると、進む方角が少し変わるかもしれない。
なお、もし「首の後ろの熱さ」が眠りや食欲にまで影響している場合は、無理をせず、社内の相談窓口や専門機関への相談もご検討ください。考え方を変える前に、まず身体を守ることが先になる時期もあります。






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