配属ガチャに負けた?隣の「仕事ができる人」と自分を比べて落ち込むあなたへ

終章 ―― 「それ、どうやったの」と聞けた日

金曜の夕方だった。

申請の山をようやく片づけてふと顔を上げると、彼女が給湯室でマグカップをすすいでいた。あの、いつ見ても余裕のある人。半年前なら、私は目を伏せて通り過ぎていたと思う。胸に石が沈む前に、見ないふりをするのが癖だった。

でもこの数週間、私は小さなノートをつけていた。戻された書類の種類と、間違えた場所。最初はみっともない記録に見えた。けれど一か月分が並んだとき、私のミスは散らばっているわけではなくて、添付書類の確認漏れと適用期間の取り違え、その二つにほとんど固まっていた。
たったそれだけだった。「全部だめ」だと思っていたものの正体は、二つだった。

確認の順番も決めた。経路、金額、期間、添付。左上から、いつも同じ順で。戻される回数はまだゼロにはならない。でも先月より、確かに減った。首の後ろが熱くなる回数も、少しだけ。

給湯室で、私は思い切って声をかけた。

「ねえ、前に言ってた楽に終わらせる仕組みって、最初どうやって作ったの」

彼女は少し驚いた顔をして、それからふっと笑った。

「えっ、急にどうしたの。……でも、聞いてくれて嬉しいな。あれね、最初は本当に手で全部やってて、毎晩遅くて。ある日もう無理だって泣きそうになって、それで同じことを何回もやってるのが嫌になっただけ」

泣きそうになって、と彼女は言った。あの余裕の人が。

「昔さ、すごい資料作ったのに上司が無反応でね。あのときは結構へこんだんだ。だから自分で自分の仕事を認めるしかないって思って。仕組みが回ると、ちゃんと進んでるって自分で確認できるでしょ。あれ、人に褒められなくても平気でいるための、お守りみたいなものかも」

胸の石がすっと軽くなった。

この人も、見てもらえなくて寂しかったのだ。私と同じだった。配属ガチャに勝った人なんて、たぶんどこにもいなかった。みんな、自分の持ち場で誰かに見てほしいと思いながら、それでも手を動かしていただけだった。

「私もね、最近ノートつけ始めたんだ」

言うと、彼女は身を乗り出した。「えっ、見せて見せて」。マグカップを置いて、彼女は私のノートを覗き込んだ。すごいね、ちゃんと分析できてると言ってくれた。

たぶん、私が一番欲しかったのは、これだったのだと思う。

よりみちナビゲーターの対話(最終回)

ケンゴ: ……良い終わり方だ。私は最初、出口は実績の側にあると言った。ノートをつけて、順番を決めて、戻される回数が減る。その通りになった。だが、正直に言うと彼女が手を動かした結果、比べる癖まで溶けていたのは私の読みを少し超えている。実績が内省の扉まで開けることがあるんだな。

アキ: 私は逆に、比べる癖を先に手放さなきゃって言ったでしょ。でも、この人は手を動かしながら自然とそこにたどり着いた。順番は人それぞれなんだなって、私も思い知らされた感じ。……結局ケンゴさんも私も、半分ずつ正しかったのかもね。

ケンゴ: そうだな。一本にまとめなくて、よかったのかもしれない。

アキ: ね。あとさ、私が一番ぐっときたの、彼女の「泣きそうになって、それで嫌になっただけ」ってとこ。すごい人の自動化って才能の話じゃなくて、限界まで疲れた人の、生き延びるための知恵だったんだよね。

シオン: 二人が互いの見方を半分ずつ認めた。それで、よいのだろう。

最後に、ひとつだけ。この方は「配属ガチャに負けた」という言葉で、この物語を始めた。けれど終わってみれば、勝ち負けの話はどこかへ消えていた。残ったのは給湯室で覗き込まれた一冊のノートと、「すごいね」というたった一言だ。

人が本当に欲しがるものは案外、大きな勝利ではないのかもしれない。誰かが自分の手元を覗き込んで、ちゃんと見てくれる。その小さな温度のために、私たちは今日も地味な手仕事を続けているのではないだろうか。

自分に問いかけるロードマップ

  • あなたが遠ざけている「できる人」は、本当に悩みのない人だろうか。
  • 「すごいね、どうやったの」と素直に聞けない理由は、相手ではなく自分のなかのどこにあるか。
  • あなたが一番欲しかったのは評価か肩書きか、それとも「ちゃんと見られている」という実感か。
  • 自分の小さな前進を誰かに見せる前に、まず自分で認められているか。

本日の羅針盤

三章を通してケンゴは、「手を動かせ、実績が比較から人を降ろす」と言い続けた。
アキは「まず比べる癖を手放せ」と言い続けた。二人の見方は最後まで一本にならなかったが、相談者自身がその両方を半分ずつ生きてみせた。ノートをつけるという小さな行動が、いつのまに心の置き場まで変えていた。

そしてシオンが残したのは、勝ち負けの外にある問いだ。配属ガチャに勝った人など、どこにもいなかった。みんな自分の持ち場で、見てほしいと願いながら手を動かしていた。余裕に見えた彼女でさえ、泣きそうな夜を越えて、自分で自分を認めるお守りとして仕組みを作っていた。

仕事ができる人とは特別な才能を授かった人ではなく、疲れの底で「同じことを繰り返すのが嫌になった」一人の生活者だった。あなたが今、ノートに二つのミスを見つけたこと。それは彼女と同じ道のりの、最初の一歩に他ならない。

比べる相手だと思っていた人は、同じ願いを持つ仲間になりうる。「それ、どうやったの」――この一言が言えた日、あなたはもう配属ガチャの盤面から、静かに降りている。

なお、もし今後、首の後ろの熱さや眠りの乱れが続くようなら、無理を続けず、社内の相談窓口や専門機関への相談もご検討ください。手を動かす前に、まず休むことが正解になる日もあります。

よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

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