40代現場職のための電気工事士試験対策。ノートまとめをやめて最短で合格する方法

第二章/頭に入る人と、手が先に覚える人がいる

実技試験があると知ったのは、申し込みをした後だった。工具を一式そろえろと言われて、ホームセンターで八千円ほど使った。ペンチもドライバーも仕事で毎日握っているのに、試験用のものは妙に軽く感じる。

筆記のほうはまだいい。過去問を先に解けという話は納得できた。問題は実技だ。制限時間内に、決められた配線を組み上げる。図面を見て、複線図を描いて、電線を切って、器具に差し込む。工場では二十年やってきた作業なのに、試験の型に嵌めた途端、手が止まる。

先週、休みの日に一度だけ通しでやってみた。時間を計ったら、規定の四十分に対して五十八分かかった。しかも結線を一箇所間違えていた。あれから工具箱は開けていない。

よりみちナビゲーターの対話

ケンゴ: まず、頭と手は別々の仕組みで覚える。これを混ぜて考えているうちは、対策が立たない。筆記は知識を思い出す作業、実技は身体が手順を再生する作業だ。前者は「思い出す訓練」、後者は「反復して手続きを固める訓練」。同じ勉強法を当てはめても噛み合わない。

サキ: 五十八分かかったところで工具箱を閉じてしまったんですよね。私はそこが気になっています。二十年やってきた仕事なのに、試験の形になると手が止まる。この方にとって失敗は「知らなかった」ではなく、「できるはずのことができなかった」になるんです。それは初心者の失敗より、ずっと重い。

アキ: そうそう。プライドの問題っていうより、たぶん自己イメージが揺れたんだよね。線が曲がったノートを破ってた人だもん。「二十年やってる自分が五十八分」かかった数字を見ちゃったら、そりゃ蓋するよ。私だったら一週間開けられない。

ケンゴ: その心理は理解する。ただ、私はあえて言う。その五十八分は失敗ではなく、測定だ。初回の通し練習で規定時間を十八分超過するのは、むしろ標準的な数字だと私は見ている。問題はその数字を「自分の能力の評価」として受け取ってしまったことだ。能力の値ではない。それは工程ごとの遅れの合計に過ぎない。

アキ: ケンゴさんの言い方、分かるよ。でも「測定だ」って割り切れるなら、最初から蓋してないんだよ。理屈で塗り替える前に、手が止まった感覚のほうを先に見たほうがいいと思う。工場の作業と何が違ったのか。周りに人がいなかったからか、時計が視界に入ってたからか。そこ、本人しか分からないでしょ。

ケンゴ: アキの指摘は正しい。順序を訂正する。まず、何が起きて手が止まったのかを本人が言語化する。その上で、私の提案はこうだ。
四十分の通し練習を繰り返すのはやめる。その練習では体力も気力も削るわりに、どこが遅いのか分からない。代わりに、工程を単位作業に割る。複線図を描くまで、輪作り、器具への差し込み、リングスリーブの圧着。それぞれ単独で時間を計る。二十年の経験がある人なら遅れているのは全工程ではなく、一つか二つのはずだ。

サキ: それ、生活に載せやすいですね。通しで四十分だと、まとまった休みの日にしかできません。単位作業なら十五分で済みます。夜勤明けの日でも、輪作りだけなら手が動きます。
……ただ、一つだけ。夜勤明けに刃物と電線を扱うのは、私はおすすめしません。眠気の残った手で圧着工具を握るのは、練習ではなく事故の手前です。夜勤明けは複線図を描くだけ。工具は、寝てから。そこは分けてください。

ケンゴ: その線引きには全面的に賛成する。実技の練習量は、確保できる安全な時間の中でしか積めない。

アキ: あと私、この人に向いてるやり方がある気がしてて。ノートを綺麗に書く人って、手を動かすと入るタイプなんだよ。図記号を定規で描いてたでしょ。それ、無駄って言われがちだけど、実技の複線図とは相性がいいはず。筆記では捨てたほうがいい癖が、実技では武器になる。

ケンゴ: 面白い見方だ。同じ癖でも、動く場所で価値が変わる。筆記では書き写しを削り、実技では書く量を増やす。同一人物に対して逆の処方を出すことになるが、矛盾ではない。

サキ: ところで、上司に言われて始めた試験ですよね。二十年の現場を持っている方が、紙の上の型に合わせにいく。その居心地の悪さを、効率の問題として処理しなくてもいいと思うんです。慣れない型に手が止まるのは、腕が落ちたからではありません。

自分に問いかけるロードマップ

  1. 五十八分のうち、どの工程で手が止まったか。工程ごとに分けて思い出せるか。分けられないならそれは記憶ではなく、印象で自分を採点している。
  2. 工場の作業と試験の作業で、身体の使い方は何が違ったか。姿勢か、机の高さか、見られている想定か。
  3. 手を動かすと覚えるタイプなのか、目で見て覚えるタイプなのか。過去二十年で、新しい機械の操作をどう覚えてきたかを思い返せば、答えは自分の中にある。
  4. 一週間のうち、工具を安全に握れる時間帯は何曜日の何時か。それは現実に確保できるか。
  5. 工具箱を開けられなかった一週間、頭の中で何度あの五十八分を再生したか。

本日の羅針盤

ケンゴの視座: 筆記は想起、実技は反復。処方を分けること。実技は通し練習ではなく単位作業に割り、遅れている工程を特定する。二十年の現場を持つ人間の弱点は、全体ではなく局所にある。

アキの視座: 手で書くと入る性質は、筆記では削られ、実技では活きる。捨てるのではなく、働かせる場所を変える。なお、手が止まった理由は理屈より先に、感覚から掘る。

サキの視座: 夜勤明けは紙とペンまで。工具は睡眠の後。安全に握れる時間の中でしか、練習は積み上がりません。

正解の勉強法は存在しません。存在するのはあなたの記憶の入り方と、あなたの一週間の形に合った配置だけです。第三章では残り二か月をどう割るか、具体的な配分に踏み込みます。

参考情報リスト

  • Pashler, H., McDaniel, M., Rohrer, D., & Bjork, R. (2008) “Learning Styles: Concepts and Evidence,” Psychological Science in the Public Interest, 9(3). ※「視覚型/聴覚型」といった学習スタイル分類に沿って指導法を変えても効果が確認されないことを示した検証。本記事の「手を動かすと入る」という記述は、この方個人の過去の習得経験に基づく調整であり、類型論の適用ではない。
  • Ericsson, K. A., Krampe, R. T., & Tesch-Römer, C. (1993) “The Role of Deliberate Practice in the Acquisition of Expert Performance,” Psychological Review, 100(3). ※通しの反復ではなく、弱い部分を切り出して集中的に訓練する方式の有効性を論じた研究。
よりみちナビゲーター

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