第三章/計画表を作った日に、いちばん満足してしまう人へ
工具箱は結局、週末に開けた。開けたというより、蓋を外したまま部屋の隅に置いた。片づけると次に出すのが億劫になると思ったからだ。
残りは七週間と少し。仕事のシフトは四勤二休で、夜勤が月に十日ほど入る。夜勤明けは昼過ぎに帰って、風呂に入って、そのまま夕方まで寝る。起きるとだいたい頭が重い。
昨夜、A4の紙に八週分のマス目を引いて日付を入れた。何をやるかを書き込んでいたら、二時間経っていた。書き終えたときは、かなり気分がよかった。
今朝、その紙を見返して、まだ一問も解いていないことに気づいた。
よりみちナビゲーターの対話
ケンゴ: 七週間なら、まだ十分に間に合う。私の案を先に出す。
第一週と第二週は測定期間だ。筆記は過去問を年度ごとに解いて、正答率を科目別に出す。
実技は前章で話した通り、工程ごとに時間を計る。ここで何も覚えようとしなくていい。自分の現在地の数値を出すだけでいい。
第三週から第五週は、数値の低い場所だけを潰す。第六週と第七週で通し練習を週二回。
最終週は新しいことに一切手をつけず、睡眠を優先する。
アキ: 待って。私、そこじゃないところが引っかかってる。
……この人、マス目を引くのに二時間かけて、書き終わったときに気分がよかったって言ってるんだよ。それ、第一章でノートを綺麗に作ってたのと同じことだよね。計画表を作った瞬間に、勉強した気持ちのピークが来ちゃうタイプ。だからケンゴさんの八週間の設計図、たぶんこの人が一番好きなやつだよ。好きすぎて、また清書しはじめると思う。
ケンゴ: ……アキの指摘は、痛いところを突いている。認める。私は構造から入る癖があるから、構造を作ること自体が目的化する危険を軽く見ていた。ただ、それでも計画は要る。要るが、紙に書かせるのはやめたほうがいいということだろう。
アキ: そう。書くなら三行でいい。「夜勤明けは複線図一枚」「休みの日は過去問一年分」「それ以外の日は輪作り十五分」。これだけ。マス目も日付もいらない。装飾する余地を残すと、この人は装飾しちゃうから。
サキ: 私も同じ意見です。それと、決めておいたほうがいいのは「何をやるか」より「いつ、どこで」のほうですね。夜勤明けに帰宅してお風呂に入って、その前か後か。台所のテーブルか、部屋の机か。場所と時刻まで固定してしまうと、やる気を毎回調達しなくて済みます。……ただ、ケンゴさんの案で一つだけ気になるところがあります。
ケンゴ: 言ってほしい。
サキ: 通し練習を週二回、というところです。この方、四勤二休で夜勤が月十日。休みが二日しかない週に、四十分の通し練習を二回入れると、休日が実質潰れます。独り暮らしですから、洗濯も買い物も自分でやるんですよね。二か月それを続けたら、試験の前に生活のほうが崩れます。通しは週一回でいい。もう一回分は、単位作業に回してください。
ケンゴ: 訂正する。サキさんの言う通りだ。私は自分の休日の使い方を基準にしていた。管理職の休みと交代勤務の休みは、同じ二日でも中身が違う。週一回に下げる。
アキ: あとね、工具箱の蓋を外したまま置いてるでしょ。あれ、すごくいい判断だと思う。誰にも褒められないところだけど、あの人はちゃんと自分の面倒くささを分かってる。片づけたら開けなくなるって分かってるから、片づけなかった。そういう自己理解がある人は、意外と続くよ。
ケンゴ: 同意する。それともう一点だけ、実務的な話をしたい。実技は一度、誰かに見てもらったほうがいい。自分の結線は、自分では間違いに気づけない。職場に有資格者がいるなら──
サキ: そこは慎重にしたいところです。この方、上司に言われて受けている試験ですよね。職場の人に練習を見せるということは、できていない状態を職場に晒すことになります。二十年の現場を持っている方にとって、それがどれだけ重いか。見てもらうなら、職場ではない場所の人がいいと思います。講習会でも、同じ試験を受ける他人でも。
ケンゴ: その配慮は私にはなかった。取り下げる。第三者の目は必要だが、職場である必要はない。
シオン: 二十年、その手は工場のために動いてきた。試験の四十分は、その手のために用意された時間ではない。合わないのは当然だろう。腕を試されているのではなく、腕の使い方を一時的に借りているだけ、と考えることもできる。二か月が終われば、手は元の場所に戻る。戻る場所がある人の練習は、追い詰められた人の練習とは、たぶん質が違う。
自分に問いかけるロードマップ
- 昨夜のマス目を引いた二時間で、過去問なら何問解けたか。その計算を責めるためではなく、確認するためだけにやってみる。
- 三行だけ決めるとしたら、どの三行か。書き足したくなったら、それは装飾がはじまった合図。
- 「いつ・どこで」を、曜日と時刻と場所まで言い切れるか。言い切れない項目は、実行されない。
- 練習を見てもらえる相手が、職場の外に一人でも思い当たるか。いないなら、動画を撮って自分で見返す方法が残っている。
- 試験が終わった翌週、自分は何をしているか。その光景が浮かぶなら、この二か月は人生の全部ではない。
本日の羅針盤
ケンゴの視座: 最初の二週間は測定に使う。覚えようとしなくていい。数値が出れば、潰すべき場所は自動的に決まる。ただし計画は三行まで。設計図を作ることは、勉強ではない。
アキの視座: 計画表を清書したくなったら、それは不安の手が動きはじめたサイン。工具箱の蓋を外したまま置いたその判断のほうが、八週間のマス目より本物です。
サキの視座: 四勤二休の休みは、二日あっても二日ではありません。通し練習は週一回に。生活が回っている限り、練習は続きます。逆はありません。
シオンの視座: 合わないのは、腕が落ちたからではない。その手は、別の場所で育った。
三章にわたって話してきましたが、あなたの最初の問い、「この勉強方法はちゃんと頭に入っているのか」への答えは、たぶんこうです。──入っているかどうかは、やり方を眺めても分かりません。解いてみて、間違えて、そこではじめて分かります。検索窓に答えはありません。あなたの手元にあります。
なお、睡眠を削る計画を組んだ結果、日中の集中力低下や気分の落ち込みが続くようであれば、勉強の問題としてではなく産業医や医療機関にご相談ください。交代勤務の負荷は、意志の力で処理できる範囲を超えることがあります。
参考情報リスト
- Cepeda, N. J., Pashler, H., Vul, E., Wixted, J. T., & Rohrer, D. (2006) “Distributed Practice in Verbal Recall Tasks: A Review and Quantitative Synthesis,” Psychological Bulletin, 132(3). ※一度にまとめて学習するより、間隔を空けて繰り返すほうが保持率が高いことを示したメタ分析。
- Gollwitzer, P. M. (1999) “Implementation Intentions: Strong Effects of Simple Plans,” American Psychologist, 54(7). ※「いつ・どこで・何を」を事前に специфи的に決めておく形式の計画が、意図の実行率を高めることを論じた研究。




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