15年連れ添った愛猫の体が冷たい…最期の数日を穏やかに過ごすための寄り添い方

第一章 冷房の風から、あの子をよける

八月の終わりの北陸は、日が落ちても道路の熱が引きません。私は五十八歳、印刷工場で機械の面倒を見る仕事を三十年やってきました。夜勤明けに帰ってきて、湿った作業着を脱いで、麦茶を飲んで、そのまま昼まで眠る。七年前に離婚してからは、ずっとそういう暮らしです。娘は東京にいて、盆にも帰ってきませんでした。

一緒にいるのは、キジトラの雄猫です。名前はソラ。会社の資材置き場の裏で鳴いていたのを、段ボールに入れて連れ帰りました。あれから十五年が経ちます。

梅雨明けの頃から水をよく飲むようになって、痩せてきたので病院へ連れて行きました。腎臓がもう働いていないと言われます。通院して処置を受けても、数値は戻りませんでした。三日前からは、ほとんど動かずに横たわったままです。
おとといの朝、体がびくびくと硬くなって、脚を突っ張らせたまま数十秒ほど動きませんでした。それきり同じことは起きていませんが、夜になると時々、手足を宙でもがくように動かします。今もそうです。

部屋はエアコンをつけています。でも体に触ると耳の先も足先もひやりとしていて、暑い部屋の中でこの子だけが冷えているような感じがします。だから薄い毛布をかけて、私のベッドに寝かせ腕を枕にしています。名前を呼んで背中をなでています。窓の外ではまだ蝉が鳴いています。

ふと思うのです。この子は本当は、ほっといてほしいんじゃないか。私が抱えているのはこの子のためなのか、それとも私が離れたくないだけなのか。

今、私にできることは何でしょうか。この子は何を望んでいるのでしょうか。安楽死ということも考えなければいけないのでしょうか。ただ横で見ているしかできない自分が、情けなくてたまりません。

よりみちナビゲーターの対話

サキ:まず、ソラさんの体の冷たさに気づいて、毛布をかけて名前を呼んでそばにいる。それを三日間、夜勤明けの体で続けていらっしゃるんですね。情けないなんて、とんでもないです。夏なのに、腕の中の猫だけが冷たい。その感触に気づけるのは、ちゃんと見ている人だからです。

ケンゴ:私も同じことを思う。ただ、事実の整理から入らせてほしい。おとといの朝「体が硬くなって数十秒動かなかった」という状態と、夜間の「手足をもがかせる」動きは、素人が見た目で判断できるものではない。腎臓の働きが落ちた動物にそうした症状が出ることは知られているが、原因が何であれ、対処できるかどうかを決められるのは獣医師だけだ。まずかかりつけの病院に電話をして、この二つの様子をそのまま伝えるべきだと思う。夜間なら救急対応をしている動物病院を調べておく。

サキ:そうですね。連絡は必要ですね。ただ、私が気になったのは別のところなんです。ご相談の文章の中で、あなたはご自分のことを一度も「よくやっている」と書いていらっしゃらない。三日間、たぶんまとまって眠っていませんよね。流しに洗っていない麦茶のコップが、何個か溜まっていませんか。

シオン:この方が問いを三つ並べたのは、答えが欲しかったからだろうか。私にはそう見えなかった。「何もできない」と言いながら冷えに気づき、毛布をかけ、腕枕をして、名前を呼んでいる。すでに全部やっている人がそれを「何もしていない」と数えている。その数え方のほうに、私は目が向いた。

ケンゴ:同意する。付け加えるなら看取りには、「やっておけることの一覧」がある方が人は落ち着く。感情の整理は後からでも追いつくが、身体の管理は今日しかできない。

サキ:ええ。だから今日、できることを具体的に置いていきましょう。

ひとつめ。冷房と保温の両立です。この時期にエアコンを切るわけにはいきませんが、体力の落ちた猫は自分で風から逃げられません。風向きを上に変えて、ソラさんに直接当たらないようにしてください。そのうえで、薄手のタオルを一枚、体の下と上にはさむ。人にとってちょうどいい室温でも、この子には寒いことがあります。逆にこもりすぎて熱くなっていないかも、時々手を入れて確かめてください。片側だけ覆って、反対側は開けておく。それだけで、少しは調整の余地が残ります。

ふたつめ。無理に食べさせない、飲ませないこと。横たわったままの猫の口にシリンジで水を入れると、気管に入ってしまうことがあります。夏だから水をと思ってしまいますが、これは逆効果になり得ます。口の中の乾きが気になるなら、水で湿らせたガーゼで唇や歯ぐきをそっと拭う程度に。これも獣医師に、「口の中を湿らせていいですか」と一言確認してから始めると安心です。

みっつめ。寝かせている場所を清潔に保つこと。おしっこが出ていなくても、体の下にペットシーツを敷いてタオルを重ねる。汚れたら替える。夏場は皮膚が蒸れやすいので、こまめに替えたほうがいいです。

よっつめ。同じ姿勢が続くようなら、数時間ごとに体の向きをそっと変える。抱き上げるのではなく、タオルごと転がすように。

自分に問いかけるロードマップ

  • 「何もできていない」と感じたとき、この三日間に自分がやったことを紙に書き出したことはあるか。
  • ソラをなでている手を止めたとき、体が緩むのか、それとも探すように動くのか。見ていた記憶はあるか。
  • 眠れないのは目を離した間に、何かが起きるのが怖いからか。それとも、眠ってしまう自分を許せないからか。
  • 病院に電話をしていないのは、聞ける状態ではないからか。それとも、答えを聞くのが怖いからか。

本日の羅針盤

サキの視座は、「できることはすでにあなたの手の中にある」。風向き、温度、清潔さ、体の向き、声。それは看護の基本そのもので、あなたは三日間それを続けています。

ケンゴの視座は、「見た目で判断せず、今日のうちに専門家へ連絡する」。おとといの朝の症状と夜間の動きは、電話一本で伝えるべき情報です。

シオンの視座は、「数え方を変える」。何もできていないのではなく、数えていないだけということもある。

三つを無理にひとつにまとめません。ただ、今夜のうちに手をつけられるのはケンゴの言う電話です。

なお、繰り返す痙攣のような症状は、痛みや苦しさをやわらげる処置(緩和ケア)の対象になる場合があります。判断できるのは診察した獣医師だけですので、必ずかかりつけの動物病院、または夜間救急に対応している動物病院へご相談ください。ご自身の眠れなさや食欲の落ち込みが続く場合は、人間の側の医療機関や、自治体・獣医師会が案内しているペットロスの相談窓口の利用もご検討ください。

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