【引き寄せの法則】強く願うほど裏返る現象の正体と手放すコツ

第二章 ―― 開いた手のひらに、何が乗るか

シオン:さて。あなたはきっと、こう思っていらっしゃる。「では、私はこれから何を、どう願えばいいのか」と。答えを持ち帰りたい気持ちはよく分かる。ただ、少し遠回りをさせて頂きたい。あなたにひとつ、思い起こしてほしい情景がある。

あなたの店の、いつもの朝の光景だ。まだ客の来ない時刻。あなたは餡を炊いている。銅鍋の底から立ちのぼる湯気、木べらが鍋肌をこする低い音。その時間、あなたは何かを願っているだろうか。

サキ:ああ、それは願っていないと思うんです。だって餡を炊いているときって、餡のことしか頭にないでしょう。焦げないように、艶が出るように。手が勝手に動いて、頭は空っぽで。私、その「空っぽ」がとても大事な気がするんですね。

ケンゴ:私もそう思う。この方の話を整理すると、叶ったのはいつも「集中して手を動かしていた時期」の願いだ。弟子が来たのも、商店街が変わったのも、あなたが日々の仕事に没頭していた数年間の話だろう。逆に裏返るのは「早く帰りたい」――つまり、目の前の仕事から意識が逃げているときだ。皮肉なことに願いに気を取られている瞬間ほど、願いから遠ざかっている。

シオン:ケンゴの言うことは、私の考えとほとんど同じ場所に行きつく。ただ私はそれを、「集中」という言葉で呼びたくない。あなたが餡を炊いているとき、あなたは未来を握っていない。いま目の前にたつ湯気を、ただ見ている。その「いまを見る」目が、そのまま「これから来るものを見る」目になっている。願いが叶うのではなく、あなたはただ、来るものが見えているだけなのかもしれない。

サキ:……なんだか、少し怖いくらいですね、その話は。

シオン:怖い?

サキ:ええ。だってそれだと、「願う」という行為そのものがいらなくなってしまうでしょう。この方はずっと、願うことを頼りにして生きてこられたわけです。その杖を取り上げてしまうことにならないかと。

ケンゴ:……サキの言うことも分かる。ただ――杖はいつか自分の脚で立てるようになったら、置いていいものだと私は思う。この方は五十を過ぎて、店を守り、弟子を育て、通りを変えてきた。もう十分に自分の脚で歩いている人だ。「願わなければ叶わない」という信仰がかえって焦りを生んでいるのなら、その杖はもう、少し重すぎるのかもしれない。

サキ:……そうですね。取り上げるのではなく、「もう手放しても、あなたは大丈夫ですよ」と、そばで言ってあげられたらいいんですけど。

シオン:あなたは「叶えるコツ」を探してこられた。けれどあなたがこれまで挙げてくださった成功例は、どれも「コツを探していない時期」のものだ。コツを探し始めた今こそ、いちばん裏返りやすい。そう考えると、少しおかしくないだろうか。

明日の朝、試してみられること

  • 何かを強く願いそうになったら、いったんその願いを「口に出して」みる。声にすると握りしめていた願いが、手のひらの上に置かれた小さな石のように、少し軽くなることがあります。
  • 願ったあと、「もう考えないでいい時間」を決める。餡を炊く三十分でも、湯につかる十分でもいい。願いを預けて、目の前のことだけをする時間を持つ。
  • 「早く帰りたい」のような裏返りやすい願いは、願いを裏返すのではなく、身体をゆるめてみる。肩を下げ、息を長く吐く。焦りが手つきを狂わせているだけなら、手つきを整えれば通りは自然に開けます。

本日の羅針盤 ―― 第二章

シオンから、もう一つ。

あなたが探している「願いを叶えるコツ」は、たぶん存在しない。けれどそれは絶望する話ではない。むしろ逆だ。あなたはすでにコツなど要らないほど、来るものが見える人だった。ただそれに「願い」という名前をつけて、自分の力だと思い込んできた。その思い込みがあるとき焦りに変わり、願いを裏返すようになった。

だとすれば、これから先にできることは力を強めることではなく、力を信じるのをやめて、ただ手を開いていること。開いた手のひらには握った拳よりも、ずっと多くのものが乗る。煎餅も、弟子も、まだ会っていない誰かも。

ケンゴが言った「杖を置く」という言葉を、私も借りたいと思う。あなたはもう、願いという杖がなくても歩ける人だ。それでも、の杖が心の支えなら、無理に捨てることはないだろう。ただ、握る強さだけ、少しゆるめてみてほしい。

ここから先は――サキが言ったとおり、あなたの暮らしのなかで、あなた自身が確かめていくことだ。私たちは通りの向こうから、そっと見守っている。

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