第二章:やかんの水位を、誰が見ているか
前回のあと、孫に電話をかけようとして、受話器の前で十分ほど立っていました。結局かけませんでした。何を言えばいいのか、言葉が出てこない。
かわりに、作業場の隅にあの子が寸法を間違えた板を、立てかけたままにしてあります。捨てられないんです。四十年、寸法の合わない材は迷わず端材にしてきたのに。
それと、思い出したことがあります。妻が入院していた最後の三か月、私は毎朝、病室に行く前に自宅のやかんに水を入れて火にかけていました。誰も飲まないのに。妻が退院してきたときに、すぐ茶を出せるようにと。看護師さんに「優しいご主人ですね」と言われて、私は「段取りです」と答えました。あのときなぜその言葉を素直に受け取れなかったのか、今も分かりません。
よりみちナビゲーターの対話
シオン: 誰も飲まない湯を、三か月沸かし続けた。──それを「段取り」と呼ぶのは、少し無理があるように思う。
アキ: 無理だよ。だって効率で考えたら、退院が決まってから沸かせばいいんだもん。それを毎朝やってたって、完全に感情の行動じゃない。ねえ、たぶんこの人、優しさを「優しさ」って名前で呼ぶのが恥ずかしいんだよ。だから段取りって言い換えてる。私、その気持ちちょっと分かるな。SNSで「いい人」って思われるのが怖いときあるもん。期待されるのが。
ケンゴ: その読みは的を射ていると思う。ただ、私が引っかかったのは別のところ──端材にしなかった板のほうだ。四十年間の職業的判断を、初めて曲げている。これは感情の話であると同時に、行動の変化として観測できる事実だ。私はこういうものを信用する。気持ちは揺れるが、行動は残るからだ。その板は、あなたが自分で自分に出した証拠だと思う。
アキ: でもケンゴさん、それを「証拠」って言っちゃうと、また採点になっちゃわない? この人ずっと、自分を採点して不合格つけてきた人だよ。今度は合格点を出すために板を残すの? それって優しさじゃなくて、また別の寸法じゃないかな。
ケンゴ: ……アキの言うことは分かる。ただ、私は逆の心配をしている。証拠がないまま「あなたは優しい」と言われても、この方はまた「段取りです」と返してしまうだろう。受け取る器がないんだ。だから、手触りのある事実を渡す必要がある。板はこの方が自分の手で作った器だ。人から与えられた褒め言葉より、よほど飲み込みやすいはずだ。
アキ: ……あー。それは、そうかも。ごめん、そこまでは考えてなかった。
シオン: ──電話をかけられなかった十分間について、少し伺いたい。あなたは「何を言えばいいのか分からない」とおっしゃった。けれど、本当に分からなかったのは言葉だろうか。それとも、言ったあとに自分が何者になってしまうか、だったのではないか。
厳しい祖父が、ある日やわらかい声を出す。それは孫にとっては小さな出来事ですが、あなたにとっては四十年の看板を下ろすことに等しいのかもしれません。人は自分の一貫性を守るため、しばしば優しさを見送ります。
アキ: ……それ、こわいくらい分かる。優しくすると、これまでの自分が全部間違いだったことになる気がするんだよね。
シオン: そうはならない。やかんに水を入れていた人と寸法を叱った人は、別人ではない。どちらも、相手が困らないようにと動いた同じ人だ。その方向が違っただけで。
ケンゴ: そこは同意する。私も四十代で部下に同じことをした。正しさで押して、あとから後悔する。転向したのではなく、道具を一つ増やしただけだった。看板を下ろす必要はない。看板の下にもう一つ、引き出しを付ければいい。
シオン: 引き出し。いい言葉だ。──木を扱う方なら、作れるのではないだろうか。孫と一緒に。
自分に問いかけるロードマップ
- 「段取りです」と答えたとき、胸の内側では何と言いたかったでしょうか。声に出さなかったその一言を、いま口にしてみるとしたら、どんな言葉になりますか。
- あなたが端材にしなかったあの板は、何に使えそうですか。使い道を考えることは、あの日の続きを書くことでもあります。
- 孫に電話をかけるとして、「用件のない電話」をあなたは人生で何回かけたことがありますか。ゼロならそれは能力の問題ではなく、単に習慣がなかっただけです。
- 妻に「正しいけど、冷たい」と言われたとき、言い返さなかったのはなぜですか。反論できたはずなのにしなかった理由が、たぶん答えに近い場所にあります。
本日の羅針盤
アキの視座: 優しさに「優しさ」という名前を貼るのが恥ずかしいなら、貼らなくていい。段取りと呼んだままでいい。名前より、やかんに水が入っていたという事実のほうが重い。
ケンゴの視座: 性格を変えようとしなくていい。引き出しを一つ増やす。用件のない電話を、月に一度かけると決める。それだけで四十年の型は壊れない。壊さずに広げるのが、私の考える現実的な方法だ。
シオンの視座: あなたは「人情のある人間になりたい」とおっしゃった。けれど、なりたいと願う心そのものが、すでにその素材だ。木を選ぶ目を持っている方が、自分という材だけは見誤っている。四十年、あなたは他人の家を建ててきた。そろそろ自分の棚を一つ、作ってもいい頃かもしれない。
寸法の合わなかった板が、まだ作業場に立てかけてあります。あれをどうするかは、あなたの手が決めることです。
※ご家族との死別後、一年を過ぎても自責の念や気分の落ち込みが強く続く場合は、地域の遺族支援窓口や心療内科など、専門機関への相談もご検討ください。




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