第三章 ―― 答えを閉じない、という選び方
このごろ、ふと考えるんです。私はあの夜のことを、どう「決着」させたいんだろう、と。
霊だったと信じてしまえば、彼女がさよならを言いに来てくれたという温かい物語になる。ただの偶然と割り切れば、私は現実的な人間のままでいられる。どちらかに決めれば、楽になれる気がするんです。
でも、決めようとするたびにどこか嘘になる。「信じる」と言えば理性が抵抗するし、「偶然」と言えばあの夜の胸のざわつきが行き場を失う。私はいつまで、この中途半端な状態にいるんでしょうか。
同僚たちはもう、普通に仕事をしています。彼女の席は片付けられて、新しい人が座る予定だと聞きました。世界は何事もなかったように回っていく。なのに私だけまだ、あの網戸の前に立っている気がするんです。
よりみちナビゲーターの対話
ケンゴ: 「決着させたい」というこの言葉に、私は引っかかった。悪い意味ではない。むしろ多くの人が抱える感覚だと思う。人は宙ぶらりんの状態に耐えるのが苦手だ。白か黒か、信じるか信じないか、どちらかに身を置きたくなる。けれど人生の大事なことの多くは、決着がつかないまま続いていく。
サキ: そうですね。私も決めなくていいと思っています。「中途半端」と自分を責めておられるけれど、それは中途半端などでなく、誠実に揺れているということなんですよね。簡単に「霊だ」と飛びつかず、かといって「ただの虫だ」と切り捨てもしない。その両方を手放さずにいられる強さって、なかなかないものです。
ケンゴ: ただ、ここで一つ。「いつまでこの状態でいるのか」という問いには、別の側面もある。揺れ続けること自体が目的になってしまうと、それはそれで前に進めなくなる。決着をつけないことと、立ち止まり続けることは違う。
サキ: ……それはわかります。でも──「彼女の席が片付けられて、新しい人が座る」。この一文を読むと、ご本人を急かしたくないんです。世界はもう回りはじめている。その中で彼女は、まだ網戸の前に立っている。それは遅れているのではなくて、ちゃんと立ち止まれているということだと私は思うんです。みんなが忘れていく速さに、合わせなくていい。
ケンゴ: ……そうだな。私の「前に進む」という言い方は少し性急だった。進むことと、その人なりの速さで歩くことは別だ。訂正する。
シオン: 答えを閉じない、ということ。それ自体が一つの選び方ではないだろうか。
世の中には、決着のつくものとつかないものがある。そしてつかないもののほうが、ずっと大切であることが多い。なぜ生まれてきたのか。なぜあの人と出会ったのか。なぜあの夜、白い羽はそこにいたのか。
これらは答えを得るための問いではないのかもしれない。答えのないまま、抱えて歩いていく。その重みがその人の輪郭を、少しずつ深くしていく。
あなたは「私だけがまだ網戸の前に立っている」とおっしゃる。けれど立ち止まっているのではない。あなたはそこで彼女と、まだ静かに対話している。世界が回っていくのは世界の都合だ。あなたがあなたの時間を生きることと、それは何も矛盾しない。
急いで答えを閉じる必要はない。閉じないという選択を、あなたはもうしている。
自分に問いかけるロードマップ
- 私は「決着をつけたい」と思っているが、決着がつかないことで本当に困っているのは何だろう。
- 「中途半端」と「誠実に揺れている」。私はどちらの言葉で、自分を見ていたいだろう。
- 世界が回る速さと私の心の速さがずれているとき、私はどちらに合わせようとしているだろう。
- あの夜のことに答えを出さないまま、ただ「彼女を想った夜があった」として持ち歩くことが、私にできるだろうか。
本日の羅針盤
私たちは宙ぶらりんの状態を、「未解決」として早く片付けたくなります。けれどケンゴが認めたように、進むことと自分の速さで歩くことは違います。そしてサキが寄り添ったように、立ち止まって見えるその姿は、誰かを忘れずにいる誠実な時間そのものです。
あの夜の出来事を霊だと決めても偶然だと決めても、どこか嘘になる。それはあなたが正直だからです。ならば無理に決めなくていい。シオンの言う通り、答えを閉じないこと。それ自体が一つの選び方です。
「彼女を想った夜が、確かにあった」。霊か偶然かという問いを括弧に入れて、ただその事実だけをこれからも持ち歩いてみてください。やがて決着しないまま、その記憶があなたの中で柔らかい場所に収まっていく日が来るはずです。
もし、彼女を失った悲しみが眠りや食欲、日々の暮らしに長く影を落とすようでしたら、グリーフケアの相談窓口や心の健康を扱う専門機関に、どうか遠慮なく頼ってください。一人で網戸の前に立ち続けなくていいのです。




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