第二章 ―― 残された者が、灯りを消せない理由
あの夜のことを、私はまだ誰にも話していません。家族にさえ。
話せば「気のせいよ」と笑われるか、逆に「それは霊だ」と大げさに受け取られるか。どちらにしても私の中にある、あの静かな感じとは違ってしまう気がして。
彼女とは特別、仲が良かったわけではないんです。同じ部署で、ときどきお昼を一緒に食べる程度の。だからなぜ私のところに来たのか、それすら分からない。もっと親しい人がいたはずなのに。そう考えると自分の感じ方を疑いたくもなります。思い上がりなんじゃないか、と。
でも、あの白い羽が網戸に戻ってくるたび、私は彼女のことを考えていました。最後に交わした言葉もろくに覚えていない。「お疲れさま」くらいだったかもしれない。それなのに、こんなにも引きずっている自分が不思議でならないんです。
よりみちナビゲーターの対話
サキ: 「特別に仲が良かったわけではない」──ここを読んで、胸が詰まりました。むしろその距離感だからこそ、なんですよね。深い関係なら、悲しみの形ははっきりしている。でも、ほどよく近くてほどよく遠い人を亡くしたとき、私たちは自分の悲しみに「資格」があるのか分からなくなる。お昼を一緒に食べただけの私がこんなに引きずっていいのか、って。
ケンゴ: その感覚はよくわかる。職場の人間関係というのは、家族でも友人でもない独特の濃度を持っている。毎日顔を合わせ、同じ時間を過ごす。けれどプライベートには踏み込まない。その「半分だけの親密さ」がいざ失われると、扱いに困る。悲しんでいいのかどうかの基準が、社会の側に用意されていないんだ。
サキ: そうなんです。お葬式に行くべきかどうかでさえ迷う、あの感じ。
ケンゴ: ただ──私はここで少し違う角度でみていきたい。「なぜ私のところに来たのか」と彼女は問うているが、これは因果を逆に置いている可能性がある。蛾が来たから彼女を想ったのではなく、もともと彼女のことが、本人が思う以上に心の深いところに留まっていた。だからこそ、その夜の出来事が彼女と結びついた。順番は案外、そちらかもしれない。
サキ: ……ケンゴさん、それは少し、突き放しすぎではないですか。「もともと想っていた」と言われると、たしかに筋は通る。でもご本人は今、「自分の感じ方を疑いたくなる」と苦しんでおられる。そこに論理を差し込むと、揺れている人をもう一度、理屈の側へ引き戻してしまう気がするんです。
ケンゴ: ……なるほど。私の言い方は早急だったかもしれない。だが、否定したかったわけじゃない。むしろ逆だ。「思い上がりなんじゃないか」と自分を責めているこの方に、「あなたは確かに彼女を想っていた」と構造の側から保証したかった。伝え方が冷たかった、それは認める。
サキ: ……ありがとうございます。そう聞くとケンゴさんの言葉、温かいです。
シオン: 残された者が灯りを消せない夜がある。
仲が良かったわけではない、とこの方はおっしゃる。けれど人と人の縁の深さは、過ごした時間の長さや交わした言葉の多さだけでは、測れないものでないだろうか。
すれ違いざまの「お疲れさま」。その一言がなぜか、長い手紙よりも深く残ることがある。理由はおそらく、ない。縁とはそういうものだ。こちらが選んだのではなく、向こうからふいに結ばれている。
「なぜ私のところに」と問う必要はないのかもしれない。来たのではなく、もとからそこにあった。あなたと彼女のあいだに、細い、けれど確かな一本の糸が。あの夜、その糸がほんの少し震えただけのことかもしれない。
自分に問いかけるロードマップ
- 私は自分の悲しみに「資格」を求めていないだろうか。誰かを悼むのに、許可は要るのだろうか。
- 「もっと親しい人がいたはず」と考えるとき、私は自分の想いを誰かと比べていないだろうか。
- 彼女のことを「引きずっている」のではなく、「まだ大切にしている」と言い換えたら何が変わるだろう。
- この気持ちを誰か一人にだけ話せるとしたら、私は誰を選ぶだろう。
本日の羅針盤
職場で出会う人との関係は、家族や親友のように名前のついた絆ではありません。だからこそその人を失ったときの悲しみは、行き場を見つけにくいものです。「これくらいで悲しんでいいのか」と、私たちはつい自分に許可を求めてしまいます。
けれどケンゴが言い直したように、あなたが彼女を想っていたことはもう揺るがない事実です。そしてサキが寄り添ったように、その悲しみに資格は要りません。シオンの言う通り、縁の深さは時間では測れない。すれ違いざまの「お疲れさま」が、深く残ることもあるのです。
「なぜ自分のところに」と問わなくていいのかもしれません。あの白い羽が来たことの理由ではなく、あの夜、あなたが彼女を想えたこと。それで十分なのではないでしょうか。
もしこの想いを胸の内だけに抱え続けることが苦しくなったら、信頼できる誰か一人に、ぽつりと話してみてください。喪失の悲しみは語られることで、少しずつ形を変えていくものです。必要に応じてグリーフケアの相談窓口を頼ることも、決して大げさなことではありません。




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