父の不倫を知ってしまった台所で。言葉にできない沈黙と、壊さないための距離感

軒下に吊るされた四十個の、まだ渋いもの

十二月の第一週に、母から「柿を手伝って」と電話がありました。甘くなったから食べに来いという話だと思って行ったら、母は縁側に新聞紙を広げて、渋いままの実を四十個ほど並べていました。剥いて、皮つきのへたに紐を結んで、軒下に吊るすと言うんです。

こんなことをする人だと思っていませんでした。母は料理は作るけれど、手間のかかることは嫌う人です。私が驚いた顔をしていたら、「渋いのは干せばいいのよ」と言いました。そういうものかと思って、私も皮を剥きました。娘は紐を結ぶ係で、へたに三回ずつ結んでは母に確認しています。

剥いていると、指がぬるつくんです。渋柿の汁は、思っていたより粘つく。手を洗ってもしばらく、指先に引っかかる感じが残りました。皮は捨てないで乾かして、あとで漬物に混ぜるのだと言います。

父は庭で、脚立を押さえていました。母が上って吊るす紐を渡すのを、下でずっと支えていた。二人は特に話しをしませんでした。母が「そっち」と言って、父が脚立の位置をずらす。それだけです。ただ、去年の父はこの家で、ほとんど庭に出ていませんでした。新聞を広げて、暑いなと言うだけでした。

父の携帯はこの一年、食卓の同じ場所に置かれたままです。この日も剥いた皮の隣に置いてありました。画面が一度光って、でも父は見にも来ません。それが何を意味するのか、私はもう考えないようにしています。

四十個を吊るし終えて、母が下から見上げて言いました。「一か月で食べられるようになるけどね、渋が抜けるわけじゃないの。渋いまま、甘くなるのよ」

私はその言葉を、なんとなく聞き流せませんでした。母は柿の話をしているだけです。それは分かっています。でも、そのあとにこう続けたんです。

「知らないままにしておくと、長く置けるものもあるからね」

皮の話だと思います。乾かすときに触りすぎるとよくない、という意味だったのかもしれない。母は私を見ていませんでした。脚立を畳んでいる父のほうを見ていました。

私は「うん」と言って、皮を新聞紙の上に広げ直しました。

よりみちナビゲーターの対話

サキ:この一文を読んで、私はしばらく手が止まりました。渋が抜けるわけじゃない、渋いまま甘くなる。干し柿は渋みの成分が消えるのではなくて、口の中で溶けない形に変わるだけなんです。あるものは残ったまま、味だけが変わる。お母さまはたぶん本当に柿の話をされていて、それがこの家の一年をそのまま言い当ててしまった。こういうことが、生活には起きますよね。

ケンゴ:私は母親の二つ目の発言の扱いを慎重にしたい。「知らないままにしておくと長く置ける」。これは母が知っていて、娘に伝えたと読むこともできる。父を見ていたという記述もある。
だが私は、そう読むことを勧めない。理由を言う。もし母が知っていると仮定した瞬間、あなたには新しい仕事が発生する。母が何をどこまで知っているかを推定し、母の沈黙の意図を汲み、それに合わせて自分の振る舞いを設計する仕事だ。この一年で下げた負荷が、そこで一気に戻る。

サキ:ケンゴさんの言うことは分かります。ただ──読まないと決めることと、読めなかったことは違いますよね。この方はもう、読んでしまっているんです。手が止まったと書かれていますから。決めて回避するのではなくて、読んでしまったものを持ったまま皮を広げ直した。そこを私は「負荷が戻った」とは呼びたくないんですね。

ケンゴ:それは私の見方が浅かった。私は推定作業の開始を警戒したが、この方は推定に入っていない。「うん」と言って手を動かした。確かにそれは処理でなく、保留だ。保留は私の言う設計よりもたやすい。訂正する。

サキ:ええ。それに、脚立を押さえていた父親の話があります。去年は庭に出なかった人が、下で紐を渡されている。携帯は食卓に置いたまま、光っても見に行かない。これらは全部、別々の出来事ですよね。母が干し柿を作りはじめたことも、去年の柿が渋かったことも、本当は何ひとつつながっていないのかもしれません。でもそれらは同じ庭で、同じ日に起きている。人が家族を続けるというのは、こういうつながらないものを同じ庭に置いておく作業なんだと思います。

ケンゴ:私は事実の対応関係を確定できないと考える。父の変化は関係の終了を示すのかもしれないし、隠す場所の移動を示すのかもしれない。あるいは単に、年齢によるものかも。
私が唯一言えるのは一年間、この家の均衡が壊れなかったという結果だけだ。原因は特定できない。それでも結果は結果として残る。私はそれを軽く見ない。

シオン:私が考えていたのは、渋みが消えないという一点だ。干し柿は、渋を抜かない。渋は残っている。ただ、口の中で溶け出さない形に変わる。あなたは去年、父の折れた誓いを見て世界が薄くなった。それは消えていない。今も同じ量だけ、あなたの中にある。ただ、溶け出さなくなった。

夫婦というものが何であるかを、私は知らない。母があなたの父を許しているのか、知らないのか、知っていて別の名前で呼んでいるのか、それは分からない。
分からないままで、二人は同じ脚立を使っている。人はひとつの理由で一緒にいるのではないだろう。四十個の柿が別々の紐で吊るされていて、それでも同じ軒下にある。あの光景以上に正確な説明を、私は持っていない。

サキ:説明がつかないことをそのまま置いておける場所ができた。この一年で、この方が作られたのはそれですね。

自分に問いかけるロードマップ

  1. 母の言葉を、あなたはどう読んだか。読んだうえで、読み進めないでいられるか。進めたくなったとき、その動機は不安か、それとも確かめたいという欲か。
  2. 父の変化、携帯の位置、母の手仕事。この三つを、あなたはつなげたいか。つなげないままにしておくと、何が困るか。実際に困ることを、ひとつでも挙げられるか。
  3. 去年の失望は消えたか。それとも、溶け出さなくなっただけか。この二つの違いを、自分の言葉で説明できるか。
  4. 娘さんが十年後にこの日を思い出すとしたら、何を覚えているだろうか。渋かった柿か、へたに三回結んだ紐か。あなたが渡したものではないものを、たぶんこの子は持って帰る。

本日の羅針盤(エピローグ)

サキの立場から。あなたはこの一年で、答えを出さないでいられる人になりました。母の言葉を聞き流さず、それでも問い詰めず、皮を広げ直した。それは我慢ではなく、技術です。これから先も、家族の中では説明のつかないことが起き続けます。そのたびにあなたは、あの縁側でしたことをすればいい。手を動かして、置いておく。

ケンゴの立場から。私は原因を特定できないと述べた。それでも、この一年の運用は成功だったと評価する。距離を調整し、確認をやめ、説明をしなかった。この三つを維持したまま、来年の柿の季節までは何も変えないことを勧める。判断材料が増えていないときに方針を変えるのは、たいてい損になる。

シオンの立場から。渋は抜けない。抜けないまま、味が変わるものがある。あなたの中の去年の一日も、たぶんそうなる。忘れることを目標にしなくていい。夫婦とは何か、人とは何か、私は答えを持っていない。ただ、別々の紐で吊るされたものが同じ軒下に並んでいる状態を、人はときに家族と呼ぶのだろう。

一月後、あなたはあの柿を食べに行くのだと思います。甘くなっているはずです。渋いまま。

よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

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家族関係

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