前章までのふりかえり
「生きがい」という大きな言葉から、いったん降りていい。第二章では、すでに続いている盆栽の水やりを足場に、「軽く欠けると困られる」程度の役割を、頻度と場所で設計するという道筋が見えた。
第三章では、その男性が実際にどう最初の一歩を踏み出したのか、あるいは踏み出せずにいるのか、その現場に降りていく。
図書室の帰り道、缶コーヒーがまだ温かかった
姪に言われるまま、というわけではないが、先月、思い切って地区の小さな図書室に足を運んでみた。ボランティアの手が足りないという貼り紙を、前から目の端に留めてはいたのだ。
行ってみると私より年上の女性が二人、返却された本を棚に戻していた。「あら、新しい方」と、まるで昔から知っているかのように迎えられる。
仕事は単純だ。本を分類番号順に戻す。ただそれだけ。だが、最初の一時間で私は妙に集中していた。背表紙の数字を追い、正しい場所に一冊ずつ収めていく。かつて製版の仕事の版を一枚ずつ確かめていた感覚に、どこか似ていた。
帰り道、自動販売機で缶コーヒーを買う。ベンチに座って飲んだそれが、まだ温かかった。家に着くまで、その日は一度も酒のことを考えていなかった。ただ翌週も行くかと問われると、正直、まだ迷っている自分がいる。
よりみちナビゲーターの対話
ケンゴ:この方はもう、答えを半分出している。「家に着くまで、酒のことを考えていなかった」──これが全てだ。私が前章で言った「九時に行く場所」の効果が、そのまま出ている。
禁止ではなく、時間割が酒を後ろへ押しやった。この方に必要なのは、この一日を「たまたま良かった日」で終わらせず、「来週も」という定期の線でつなぐことだ。
サキ:ケンゴさんの言う通り、この一日は本当に大きな一歩ですよね。でも、私が胸を打たれたのは缶コーヒーがまだ温かかった、というところなんです。この方、久しぶりに「味わって」いますよね。
家で昼から飲むお酒は、たぶん味わっていなかった。ただ流し込んでいた。それがベンチで温かいものを、温かいうちに飲めた。生活の感覚が、少し戻ってきている証だと思うんです。
ケンゴ:……ああ、そこは。私は見落としていた。数字の棚に集中していた話ばかり追っていたが、缶コーヒーのくだりのほうがこの方の回復を、正確に映しているのかもしれない。サキの言うことは分かる。味わえるようになるというのは、私の言う「時間割」より深いところの話だ。
サキ:いえ、ケンゴさんの「定期の線でつなぐ」があってこそ、味わう時間も続くんですよね。片方だけでは足りない。ただ私が一つだけ気になるのは、「翌週も行くか迷っている」という最後の一文で。この迷いを周りが「行きなさいよ」と急かしてしまうと、せっかく戻りかけた感覚が、また義務に変わってしまう気がして。
ケンゴ:それは同意する。急かすのは悪手だ。迷っているなら迷ったまま、もう一度だけ行けばいい。「続けよう」と決意する必要すらない。「今週も、なんとなく」で十分だ。決意は人を疲れさせる。惰性のほうが、案外長く続く。
シオン:私はこの「まだ温かかった」という一言に、しばらく留まっていた。温かいうちに飲めたということは、この方が、の缶を手にしてから口をつけるまでの間、ぼんやりと立ち止まっていなかった、ということだ。
ベンチに座り、蓋を開け、味わう──その一連の動作に迷いがなかった。妻を亡くしてからの四年間、この方の時間はたぶん温度を失っていた。冷めても気づかない時間だった。
それが缶コーヒー一本ぶんだけ、温度を取り戻した。翌週行くかどうかは、本当は大した問題ではないのかもしれない。この方はもう、温かいものを温かいと感じられる場所に、一度は立ったのだから。
自分に問いかけるロードマップ
- 図書室にいた一時間、私はなぜ集中できたのか。それは「役に立った」からか、それとも「手を動かす対象があった」からか。
- 缶コーヒーを温かいうちに飲めた自分と、昼酒を流し込んでいた自分。双方の間で、何が違っていただろう。
- 「翌週も行くか」という問いを、私は「決意」として重く受け止めていないか。「なんとなくもう一度」で、本当はいいのではないか。
- あの日、家に着くまで酒を考えなかった。この事実を私はもっと素直に、自分への手柄として受け取ってもいいのではないか。
本日の羅針盤
第三章で確かめられたのは変化は「決意」からではなく、「一日の手応え」から始まるということだ。
ケンゴの視座は「良かった一日を、定期の線でつなぐ」。ただし決意ではなく惰性で。「続けよう」と気負う必要はない。「今週もなんとなく」で十分に足りる。決意は消耗し、惰性は長持ちする。
サキの視座は「味わう感覚の回復に目を向ける」。缶コーヒーを温かいうちに飲めたこと。それは孤独で失われていた生活の温度が、戻りかけている証。周りは「続けなさい」と急かさず、この小さな回復を静かに見守ること。
シオンの視座は「温度を取り戻したという事実そのものを尊ぶ」。翌週の出欠より、一度でも温かさを感じられる場所に立てたことが、四年ぶんの冷たさに差し込んだ光である。
ご親戚としてもしこの方が図書室の話をぽつりとしたなら、「よかったね、続けなよ」と結論を急がず、「どんな本があった?」と、その一時間の中身に耳を傾けてあげてください。行くか行かないかを問うより、行った先で何を感じたかを聞くこと。そのほうがこの方の温度を、もう一度そっと支えることになります。
決意させないこと。急かさないこと。ただ、温かかった缶コーヒーの話にうんうんとうなずくこと。定年後の孤独に効く特効薬は、たぶん、そういう地味な隣人のあり方の中にしかないのだと思います。
なお、これまでの章で触れた通り、飲酒や気分の落ち込みが日常生活に支障をきたす状態が続く場合は、地域包括支援センターやかかりつけ医など専門機関への相談も、ご本人の負担にならない形でご検討ください。回復は一直線ではなく、良い日と悪い日を行き来しながら進むものです。




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