「認めてもらえない」の向こう側 ― 退職は許可制ではないという話
私は45歳、男。地方都市で小さな運送会社の配車係をしている。人手が足りないのは、痛いほどわかっている。ドライバーは高齢化して、若い子はすぐ辞める。そんな中で私は先月、辞めると決めた。腰が限界だった。朝、布団から起き上がるのに壁に手をつく。病院では「これ以上続けると手術になる」と言われた。
就業規則には「退職は六十日前までに届け出ること」とある。私は素直に従うつもりで、二か月後の日付を書いた退職願を今日、所長の机に置こうとした。だが所長は書類に触れもせずにこう言った。「会社が認めた日から六十日だから。そもそも辞めてほしくないんだよ。だから、これ出しても意味ないよ」と。認めなければ六十日は、いつまでも始まらない。そういう理屈だった。事務所の蛍光灯がジジ、と鳴っていた。私は退職願を握ったまま、車のキーを取りに戻った。あの人たちを見捨てるようで、でも自分の体も見捨てられなくて、どうすればいいのかわからない。
よりみちナビゲーターの対話
ケンゴ:まず、事実を整理したい。あなたの所長が言った「会社が認めた日から」という理屈は、法的には成り立たない。日本では、退職は会社の「許可」を必要としない。民法上、期間の定めのない雇用契約なら、退職の意思を伝えてから二週間で契約は終了する。就業規則の「六十日前」も、あなたを縛るためのものというより円満な引き継ぎのための目安と考えるのが実務だ。認めない、という言葉に法的な効力はない。
サキ:ケンゴさんの言うことは、たしかにその通りなんですよね。ただ──この方が本当に困っているのはたぶん、「法的にどうか」の手前なんじゃないかと思うんです。毎朝、壁に手をついて起き上がる人が、事務所のドアを開けてもう一度所長に書類を差し出す。その一歩がどれだけ重いか。正しさを知っていても、体が動かない朝ってありますよね。
ケンゴ:サキさんの言うことも分かる。ただ──だからこそ私は「構造」を示したい。この方が消耗しているのは、退ける根拠を持たないまま感情だけで所長と対峙しているからだ。「これは許可の問題ではなく、私の権利です」と一枚の内容証明が言ってくれるなら、あなたはあの蛍光灯の下で口ごもらなくて済む。感情を守るために、手続きという鎧を渡したいんだ。
サキ:……それは、そうですね。鎧、という言葉に納得しました。手続きは冷たいものじゃなくて、この方の体を守る側のものなんですね。
シオン:あなたは今日、キーを取りに戻ったと書いた。書類を置けなかった手で、車のキーは握れたのだね。体はもう、次の場所へ向かおうとしているのかもしれない。認めてもらうという言葉に、私たちはいつから慣れてしまったのだろう。去ることは本来、誰かの許しを待つ営みではなかったはずだ。
自分に問いかけるロードマップ
- 私は「辞める許可」を求めているのか、それとも「辞める権利」を行使しようとしているのか。この二つを、心の中で混同していないか。
- 所長の「認めない」という言葉に、私は法的根拠があると思い込んでいなかったか。
- 体の限界という事実を、私は「わがまま」として扱っていないか。手術と言われた腰は、交渉の余地のない現実ではないのか。
- 円満に去りたい気持ちと確実に去りたい気持ち。今の私にとって、譲れないのはどちらだろう。
本日の羅針盤
退職は会社の許可を得る行為ではなく、あなたに認められた権利の行使である――これがケンゴの示した構造だ。口頭で受け取ってもらえないなら、退職届を内容証明郵便で送るという方法がある。これなら「いつ、辞意を伝えたか」が記録として残り、所長の「意味ない」という言葉は宙に浮く。
一方でサキが照らしたのは、正しさだけでは足が動かないという生活の真実だ。だからこそ、あなたが一人で所長と向き合う必要はない。腰の診断書という動かぬ事実があるなら、それは強い後ろ盾になる。どうしても会社と直接やり取りするのが心身の負担になる場合は、労働基準監督署への相談や退職代行という選択肢もある。
そしてシオンが問うたのは、もっと静かなことだ。あなたの体はもう、答えを出しているかもしれない。
退職手続きや会社とのトラブルについては、お住まいの地域を管轄する労働基準監督署や法テラス等の公的な相談窓口で、無料で助言を受けられる場合があります。腰の状態を含め、心身の負担が大きいときは一人で抱えず、専門機関への相談もご検討ください。




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