番外章 ― 人手不足と人余りが、同時に来る国で
二つの時計が、逆回りに進む
ケンゴ:この相談者が働く運送業の現場は、今まさに人手不足に苦しんでいる。だが私は、この「不足」という言葉をもう少し長い時間軸で見たいと思う。
今、日本で同時に進行している力が二つある。ひとつは労働力人口の減少による人手不足。もうひとつはAIや自動化による職の代替、つまり将来的な人余りの予兆だ。この二つの時計は、逆向きに回っている。
問題は政策や企業の判断が、たいてい「今、目の前にある時計」だけを見て決まることだ。目の前の不足を埋めるために、外国人労働者の受け入れを拡大する。それ自体は今日の合理性だ。だが五年後十年後、もうひとつの時計――自動化による代替――が本格的に鳴りはじめたとき、増やした労働力と機械に置き換わった仕事が、同じ市場でぶつかる可能性がある。
サキ:ケンゴさん、その「ぶつかる」というのが、私にはまだ実感として遠いんですが……具体的にはどういう景色になるんでしょう。
ケンゴ:たとえば、だ。いま人手が足りないと言われる運送や倉庫、小売のレジ、建設現場。これらは同時に、自動運転、自動仕分け、無人レジ、施工の機械化といった技術が最も熱心に狙っている領域でもある。つまり今、「人が足りないから来てほしい」と入ってもらった仕事が、数年後には「機械のほうが安い」と言われかねない領域と、かなり重なっている。その転換が来たとき、割を食うのは置き換えられる側の人たちだ。
「安い労働力」という設計思想が残すもの
サキ:私が引っかかるのは、そこなんです。企業が外国から来た方々を「低賃金で使える労働力」として設計に組み込んでしまうと――結局、賃金全体が上に上がらない。日本人の給料も、物価が上がっているのに追いつかないまま据え置かれる。生活の実感として、これはもう始まっている気がするんです。スーパーの値札は毎月変わるのに、給料の額面はずっと同じっていう。
ケンゴ:サキさんの生活感覚は、構造的にも裏づけられると私は思う。賃金というのは労働力の需給で動く面がある。人手が足りなければ、本来は賃金が上がって、それが機械化への投資や業務の効率化を促す。「人が高いなら機械や工夫で減らそう」という圧力が働く。ところが安い労働力を外から継続的に供給できてしまうと、その圧力が抜ける。賃金は上がらず、企業は生産性を上げる努力を先送りできてしまう。
サキ:先送り、ですか。
ケンゴ:そう。そして先送りされたツケは、二つの形で戻ってくる。ひとつは、いつまでも上がらない賃金。もうひとつは生産性向上を怠ったまま迎える、自動化の波だ。準備ができていない産業ほど、急に波が来たときの転換時、痛みが大きくなる。
数字ではなく、暮らしの単位で
サキ:異文化の方々が短期間に大量に来ることの影響も、心配される方は多いですよね。私はそれを対立の話にはしたくないんです。来る人たちも、多くは生活のために来ている。ただ――受け入れる側の準備、たとえば言葉の支援や地域でどう暮らしを共にするかの仕組みが整わないまま、数だけが先に増えると摩擦は起きやすくなる。それは来た人のせいでも住民のせいでもなくて、設計の問題なんですよね。
ケンゴ:同意する。ただここで一点、慎重になりたい。外国人労働者を「悪影響の原因」として名指しする語り方は、私は避けたいと思う。原因は彼らの存在ではなく、彼らを「安く使い捨てられる調整弁」として扱う企業側の設計思想であり、それを許す制度の側にある。ここを取り違えると生活の不安が、隣に住む人への敵意にすり替わる。それはいちばん避けたい未来だ。
サキ:……そこは、本当にそうですね。値札の話も給料の話も、恨む相手を間違えたら何も解決しないまま、暮らしだけがギスギスしていく。
静かな見立て
シオン:お二人は時計が二つあると言った。私はこう思う。人手が足りないと嘆く声と、やがて仕事を失うと怯える声。その両方が同じ人の口から漏れる時代が、もう来ているのではないか。足りないのは人手ではなく、人を安く扱わずに済む仕組みへの想像力なのかもしれない。
安いから来てもらう。安いから置いておく。安いから、いつか安い機械に替える。その連なりの中でいちばん軽く扱われているのは、実は「労働」というもの自体ではないだろうか。数として増やし、数として減らせるものだと信じているかぎり、増やす側も減らされる側も、静かにすり減っていく。糸を数で数える者に、糸の重さはわからない。
この時代を、自分の足元で問い直すために
- 私は「人手不足」と「人余り(自動化による代替)」を、別々のニュースとして眺めていないか。この二つが同じ市場で交わる日を、想像したことがあるか。
- 賃金が上がらない不安を、私は誰かのせいにしていないか。その矛先は本当に、正しい相手に向いているか。
- 私の仕事は五年後、「機械のほうが安い」と言われうる領域にどれくらい近いか。近いなら今のうちに、何を身につけておけるか。
- 「安く使える労働力」という発想を、私自身も消費者としてどこか前提にしていないか。安い商品の値札の裏に、誰の賃金が抑えられているのか。
本日の見立て(結論を一本化しない覚書)
この章は解決策ではなく、近未来の見取り図だ。だからあえて、答えは一本にしない。
ケンゴが示したのは人手不足への短期対応と、自動化による人余りという長期予測が、逆向きの時計として同時進行しているという構造だ。安い労働力の継続供給は今日の穴を埋めるが、賃金上昇と生産性向上への圧力を抜き、その先送りされたツケが賃金停滞と準備なき自動化の痛みとして戻ってくる――そういう読み筋がある。
サキが照らしたのは、それが「値札は変わるのに給料は変わらない」という、すでに始まっている生活の手触りであること。
そしてケンゴとサキが揃って釘を刺したのは、この不安の原因を来る人々そのものに帰してはならないという一点だ。問われるべきは人を「調整弁」として扱う設計思想であって、隣人の顔ではない。
シオンが残したのは、「労働を数として増減させられる」と信じる、発想の底の浅さへの問いだ。
どの見立てが当たるかは、まだ誰にもわからない。ただ、二つの時計の音を同時に聴きながら、自分の足元の一手を選ぶこと――それがこの不確かな時代を生きる、ささやかな備えになるはずだ。
なお、雇用や賃金をめぐる政策・経済の予測は、前提の置き方によって結論が大きく変わる領域です。この章はあくまで一つの思考の枠組みであり、確定した将来像ではありません。ご自身のキャリアや生活設計を具体的に検討される際は、公的な統計や労働・経済の専門的な情報にあたることをおすすめします。




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