盆栽の水やりだけが、今日という日の輪郭だった
妻を見送って四年が経つ。私は五十八歳まで印刷会社で製版の仕事をしていた。
定年前、社長からは「あと数年、若いのを育ててやってくれ」と頭を下げられた。悪い気はしなかったが、その頃には体のどこかが「もう十分だろう」と静かに音を上げていた。だから辞めた。
最初の年は、朝も昼も自由だという事実そのものが贅沢に思えた。庭に置いた真柏(シンパク)の芽を摘み、公民館の書道教室にも顔を出した。
ところが去年あたりから、朝起きても、その一日をどこに向けて動かせばいいのか分からなくなった。誰にも頼まれていない。誰も私の一日を待っていない。気づけば午前中から台所の椅子に座り、湯呑みではなくグラスに手が伸びている。
妻がいた頃は酒を注げば、「もう飲むの」と横から言われた。その一言が今はどこにもない。静かだ。静かすぎて、テレビの音を大きくしても埋まらない。盆栽の水やりだけが、今日の輪郭になっている。
私は、暇なのだ。ただ、暇でうつになるというこの状態が、自分でも情けなくて仕方がない。
よりみちナビゲーターの対話
ケンゴ:この方の状態を、私は「怠け」だとは思わない。むしろ逆だ。長年、仕事という外側の枠が一日の時間割を全部決めてくれていた。起きる時間も、向かう場所も、話す相手も。その枠が消えたとき、人は初めて「自分で一日を設計する」という、実は最も難しい仕事に直面する。この方は今、人生で一番手強い仕事を無給で、しかも一人でやらされている。
サキ:ケンゴさんの見立て、私もそう思います。ただ、私が引っかかったのは午前中からグラスに手が伸びるという一点です。これを「暇つぶし」の話に留めてはいけない気がして。
お酒がお好きだったのは分かります。でも、昼から「飲むしかない」という状態は、生活のリズムそのものが崩れかけているサインですよね。趣味を見つける前に、まず朝の一杯を止められる暮らしの足場を戻すほうが先ではないでしょうか。
ケンゴ:サキの言うことは分かる。生活の足場、確かに大事だ。ただ──私はあえて逆から言いたい。この方に必要なのは「やめること」より「呼ばれること」だと思う。人は禁止では動きにくい。「昼酒をやめなさい」と言われて、はいそうですかとやめられる人間なら、そもそもここまで来ていない。それより朝の九時に、「あなたを待っている場所」が一つあれば、酒は自然と後ろにずれる。時間割を外から取り戻すんだ。
サキ:なるほど……そこは私が生活のミクロで見て、ケンゴさんが構造で見ている違いですね。確かに「やめる」だけでは穴は埋まらない。ただ、その「呼ばれる場所」がこの方にとって、重荷にならないものであってほしいんです。もう十分、頼まれ事に応えてきた方ですから。
シオン:ご本人の話に戻ろう。私はこの相談文の中で、一つの言葉が気になっている。「誰も私の一日を待っていない」。
この方が失ったのは、仕事でも、暇の潰し方でもないのかもしれない。奥さまという、たった一人の「待っていてくれる人」だったのではないだろうか。盆栽の水やりが今日の輪郭になっている、というのは、寂しさの話であると同時に、まだこの方が「何かを世話し、育てている」という証でもある。空いた時間に何を詰めるかより、この方の一日を誰が、あるいは何が待つのか。そこに答えの糸口があるのかもしれない。
自分に問いかけるロードマップ
- 私は本当に「暇」に苦しんでいるのか。それとも「待たれていないこと」に苦しんでいるのか。この二つは似ているようでも、打つ手がまったく違う。
- 昼のグラスは、何を埋めようとして手に取っているのか。喉の渇きか、それとも静けさか。
- かつて会社で「頼まれた」ときに悪い気がしなかった自分を思い出す。私は今も、誰かの役に立てる場所を心のどこかで探していないか。
- 盆栽の真柏に毎朝水をやるとき、私はその一瞬だけ、確かに「今日やるべきこと」を持っている。この感覚をもう一つだけ増やすとしたら、それは何だろう。
本日の羅針盤
この方の憂鬱を、「趣味が足りないから」と片づけるのはたぶん間違っている。三名の見方は、次の三つの視座として残しておきたい。
ケンゴの視座は「外側の時間割を取り戻す」こと。人は自由すぎると立てなくなる。地域のシルバー人材、経験を活かせる小さな仕事、後進に技術を教える場──「あなたを九時に待っている場所」が一つあれば、暮らしは驚くほど立て直る。これは甘えではなく、人間の設計上の必然だ。
サキの視座は「生活の足場を先に戻す」こと。壮大な生きがい探しの前に、朝きちんと起きて、昼は酒ではなく別の何かに手を伸ばす、その小さな一日のかたちを取り戻すこと。派手ではないが、ここが崩れると何も積み上がらない。
シオンの視座は「待たれる存在に、もう一度なる」こと。植物でも、動物でも、人でもいい。自分の世話を必要とする何かがあるとき、人の一日は輪郭を取り戻す。
なお、昼間からの飲酒が習慣化し、気分の落ち込みが続いている状態は、ご本人の意志の弱さの問題ではなく、心身の不調のサインである可能性があります。近親の方は声をかけながら、必要に応じて地域の高齢者相談窓口(地域包括支援センター等)や、かかりつけ医、心療内科といった専門機関への相談もご検討ください。一人で抱える一日を外から少しだけ開けてあげることが、何より大きな一歩になります。





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