第四章:「この子がいなければ」と思った夜に、母である自分を赦すために
第三章を読み終えて、タイマーを一つ買いました。百円ショップの、白くて丸い料理用の。それを枕元に置いて、娘が寝た後の三十分だけスマホを開くのを三日間試しました。三日目の夜、タイマーが鳴ったとき、私は泣きました。理由はわからないんです。ただ、何かがほどけた感じがしました。
でも、本当はずっと書けなかったことがあります。第一章で「この子がいなければという雑念が湧く」と書きましたよね。あれ、本当はもう少し、はっきりした言葉だったんです。「いなければ」じゃなくて、「いなかったら、私の人生はどうなっていただろう」。そう考えてしまう夜があるということです。
娘を愛しています。間違いなく愛しています。でも同じ口で、同じ夜に、こんなことを思ってしまう自分がずっと怖かったんです。
サキとシオン、声を落として聞く話
サキ:ここまで書いてくださって、ありがとうございます。これを書くのに、どれだけの夜が必要だったか、私には少しだけわかります。
最初に、ひとつだけ言わせてください。「いなかったら、私の人生はどうなっていただろう」と考えることは、娘さんを愛していないということと、まったく無関係なんですよ。これは、断言できます。
育児に深く関わっている保護者ほど、こういう思考が浮かぶことが複数の心理学研究で報告されています。なぜなら思考というのは、「自分の現在地を確認する作業」だからです。
今の自分がどれだけ消耗しているかを測るために、脳は無意識のうちに「もうひとつの人生」を仮定して、現状と比較する。これは愛情の欠如ではなく、自分がまだ生きていることを確かめるための防衛反応なんですよね。
シオン:愛しているから、思わない──というのは、神話ではないだろうか。愛しているからこそその重さに、ときおり手が震える。震えた手を見て自分を悪人だと裁くのは、たぶん、急ぎすぎている。
サキ:もうひとつ、伝えたいことがあります。「娘を愛している。でも同じ口で、同じ夜に、こんなことを思ってしまう」──このふたつは、矛盾していないんです。
人間の感情は、単線じゃないんですよね。「愛している」という線路と、「疲れ果てている」という線路と、「自由だった頃の自分を懐かしむ」という線路が、同じ駅のホームに並んで存在している。ひとつの線路に乗っているとき、他の線路が消えるわけじゃない。全部、同時に走っているんです。
「いなかったら」と思った瞬間、「愛している」が消えたわけじゃない。ただ別のホームに一瞬、足を踏み入れただけ。あなたはそこから、ちゃんと戻ってきていますよね。毎晩、戻ってきている。それが何よりの証拠なんです。
「怖かった」の正体を、ほどく
サキ:あなたが「ずっと怖かった」と書かれた、その怖さの正体を少し分解させてください。
怖さはたぶん、三層になっています。
一層目は「こんなことを思う自分は、母親失格なのではないか」という自己評価への怖さ。
第一章でもお話ししましたね。手を挙げない、夜に眠れず一人で抱え込む。その事実そのものが、あなたが母親として機能している証拠です。失格者は、こういう問いを自分に向けません。
二層目は「この思考が、いつか行動に変わってしまうのではないか」という未来への怖さ。
これも、安心していただいて大丈夫です。思考と行動の間には、想像以上に厚い壁があります。心理学では頭の中で何度も浮かんでしまう望まない考えを「侵入思考(しんにゅうしこう)」と呼びますが、これが行動に直結することは、極めて稀だと知られています。
むしろ、侵入思考に苦しむ人ほどその思考を行動化することへの抵抗感が強い、というのが臨床現場の共通認識です。あなたが怖がっているという事実が、壁の厚さを証明しているんですよね。
三層目はこれを、「誰にも言えない」という孤立への怖さ。
たぶん一番つらいのは、この層です。手を挙げていないお母さん、診断のついたお子さんを愛しているお母さんほど、「こんなこと、誰にも言えない」と口を閉ざしてしまう。
言ったら軽蔑される、児童相談所に通報される、夫に「母親失格だ」と言われる──そんな恐れが、言葉を喉の奥に押し戻すんですよね。
シオン:言えなかった言葉は消えるのではなく、内側に沈殿する。沈殿したものが重くなりすぎたとき、人は自分の足で立てなくなる。
「言える場所」を、一箇所だけ確保する
サキ:ここからが、今夜のいちばん大事な提案です。
「いなかったら、と思ってしまう」という言葉を、たった一箇所でいいので安全に言える場所を確保してください。
夫でなくていいんです。実母や義母でなくていい。ママ友でなくていい。むしろ、これらの相手はおすすめしません。
なぜなら近すぎる人は、あなたの言葉を「相談」ではなく「事件」として受け取ってしまう可能性があるからです。彼らはあなたを愛しているからこそ、慌てて誤った反応をしてしまいかねない。
提案したい候補は、三つあります。
ひとつめ:「よりそいホットライン」(厚生労働省の補助事業として運営されている、24時間無料の電話相談窓口)。匿名で、名前も住所も言わずに、ただ話せます。「子育てに疲れていて、ときどきいなかったらと思ってしまう」──この一文を声に出して、誰かに聞いてもらうだけでいいんです。聞いてもらうこと自体が、内側の沈殿物を少しだけ流してくれます。
ふたつめ:自治体の「子ども家庭支援センター」または「保健センター」の保健師。第一章でもご紹介しましたが、ここは「育児が辛い」という相談で電話して、何の問題もない場所です。保健師はこういう言葉を聞き慣れています。動揺もしないし、通報もしません。淡々と次の一歩を、一緒に考えてくれます。
みっつめ:心療内科または精神科の医師。第三章でも触れましたが、慢性的な不眠と「いなかったら」という侵入思考が同居している状態は、産後うつや育児ストレス起因の適応障害として医療の対象になります。これは「心が弱い」のではなく、「長期間にわたる過負荷で、神経の調整機能が摩耗している」身体の問題なんですよね。風邪で内科に行くのと、構造はまったく同じです。
シオン:言葉は誰かの耳に渡された瞬間に、初めて自分のものから離れる。離れた言葉は、もうあなたを内側から圧迫しない。
娘さんへの愛を、疑わなくていい
サキ:最後に、これだけは。
娘さんへの愛は、あなたが「いなかったら」と思った夜にも、ちゃんとそこにありました。消えていません。一秒も。
愛は感情ではなく、行動の積み重ねなんです。毎朝、娘さんを起こして、朝食を出して、登校班に間に合わせる。連絡帳を書く。給食袋を洗う。家庭訪問のために部屋を片付ける。スプーンを投げられても、翌日また食卓に向かう。──この一つひとつが、愛の実態です。
感情は揺れます。疲労で、ホルモンで、季節で、天気で揺れます。けれど、あなたが毎日重ねている行動は揺れていません。だから感情の揺れに、自分の母親としての価値を裁定させないでほしいんです。
「愛しているのに、いなかったらと思ってしまう」のではなく、「愛しているからこそ、ときどき、自分の限界が見える」。そう、訳し直してみてください。
本質的な結論:「いなかったら」という思考は、消そうとしないでください。消そうとすればするほど、それは内側で増殖します。
代わりにその思考を、安全な場所で一度外に出してください。電話一本でいい、保健師との面談一回でいい。声に出して誰かに聞いてもらった瞬間に、その思考は「秘密の罪」から「育児疲労の自然な徴候」へと、性質を変えます。
あなたが恐れているのは思考そのものではなく、それを抱えて孤立していることなんですよね。孤立さえ解ければ、思考は怖くなくなります。今夜、よりそいホットラインの番号だけでも検索しておいてください。かけるかどうかは、明日のあなたが決めればいい。番号を知っているという事実だけで、夜の重さは少し変わります。
参考にできる窓口
- よりそいホットライン(厚生労働省補助事業/24時間・通話無料・匿名可)
- 各都道府県・指定都市の「精神保健福祉センター」(こころの健康に関する無料相談)
- お住まいの自治体の「子ども家庭支援センター」「保健センター」(保健師による育児相談)
- かかりつけ内科/心療内科/精神科(睡眠と侵入思考の同居は医療相談の対象)
※具体的な番号やURLは、お住まいの自治体名と窓口名で検索すると、最新かつ正確な情報にたどり着けます。




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