ADHD小1の娘を育て、もう限界。泣き叫ぶ娘と眠れない母の処方箋

第六章:担任の先生は、敵でも味方でもない──六年間の伴走者を、どう設計するか

第五章を読み終えて、夫に「自分が倒れたら止まるものリスト」を書いてみました。最初は四十項目を超えました。夫は黙って読み、しばらくしてから「ごめん、こんなにあると思っていなかった」と言いました。彼が彼なりのリストを書くのに、三日かかりました。彼のリストは十二項目でした。

まだ運営会議は始められていませんが、夫の顔を見たときのお腹の冷たさは、少し薄れています。

そしてもうひとつ。娘の学校のことを、書かせてください。
担任の先生は四十代後半の女性で、悪い方ではないと思います。家庭訪問のときも、丁寧に話を聞いてくれました。でも、私は連絡帳に何を書けばいいのか、いつも迷うんです。
「家でも泣き叫びました」と書いたら、家庭環境を疑われるんじゃないか。
「ADHDなので配慮をお願いします」と書いたら、特別扱いだと煙たがられるんじゃないか。
結局、当たり障りのないことしか書けずに連絡帳を閉じる夜が続いています。

サキとケンゴ、連絡帳を前にして聞く話

サキ:連絡帳の前で、ペンが止まる夜。これも書けてよかったですね。学校との関係って、夫婦の関係と並んで、ADHDのお子さんを育てるご家庭の二大ストレス源なんですよ。でも夫婦と違って、こちらは「相手を選べない関係」なんですよね。担任は毎年変わるかもしれないし、学年が上がれば持ち上がりかもしれない。相性がよくても悪くても、一年間は付き合うしかない。

だからこそ、最初の設計が大事になります。

ケンゴ:俺の言葉で言わせてもらうと、これは「他部署との連携」と構造が同じだ。担任の先生は、君の上司でも部下でもない。同じ会社の別部署の担当者だ。利害は完全には一致しないが、敵でもない。共通の案件(娘さんの学校生活)を抱えた、業務上のパートナーだ。

この構造を理解すると、連絡帳に書くべきことが見えてくる。他部署の担当者に、君は何を書く? 感情の吐露は書かない。かといって、当たり障りのない挨拶だけでも仕事は進まない。書くのは「事実」と「依頼」と「共有したい背景」の三つだ。

連絡帳の「三層構造」を作る

サキ:ケンゴさんの整理、そのまま使わせてください。連絡帳に書く内容を、三層に分けてみましょう。

第一層:事実(観察できたこと)

「昨晩、宿題のプリントを前に四十分間、鉛筆が動きませんでした」
「朝、登校前に靴下の縫い目が気になるという理由で十五分泣きました」
こういう、誰が見ても同じように記述できる事実だけを書きます。「やる気がない」「わがままを言って」という解釈は入れません。解釈は、担任が独自に行う領分だからです。

第二層:依頼(具体的にしてほしいこと)

「もし可能でしたら、宿題の量を半分に調整していただけると助かります」
「靴下の件で遅刻した日は、ご迷惑をおかけしました。今後同様のことがあった際、教室での扱いについてご相談させてください」
依頼は必ず、「具体的な行動」の形にします。「配慮してください」だけでは、担任は何をすればいいのか分かりません。

第三層:共有したい背景(なぜそれを依頼するのか)

「娘は感覚過敏があり、衣類の縫い目や音に強く反応します。家庭でも対応に試行錯誤しております」
背景情報は依頼の根拠として、簡潔に添えます。長々と書かない。担任は一クラス分の連絡帳を毎日読みます。

この三層構造で書くと、連絡帳は「お母さんの不安の吐露の場」から「業務上の情報共有ツール」に変わります。あなたの不安を吐露する場所は、第四章で扱った窓口や第五章で扱った夫との運営会議です。連絡帳は、別の機能を持たせる。これが消耗を減らす一番の近道なんですよね。

ケンゴ:感情を持ち込まない、というのは冷たい話に聞こえるかもしれない。だが逆だ。感情を切り離すことで、初めて担任は君を「冷静に判断できる保護者」として扱える。これは長期戦における信用の積み立てだ。一年目に冷静な保護者として認識されれば、二年目以降、本当に踏み込んだ相談をしたいときにちゃんと話を聞いてもらえる。

「特別扱い」ではなく「合理的配慮」という言葉を覚える

サキ:あなたが書かれた「特別扱いだと煙たがられるんじゃないか」という不安。これ、多くのお母さんが抱える壁なんですけど、ひとつだけ武器になる言葉を覚えておいてください。

「合理的配慮」──この言葉です。

2016年に施行された障害者差別解消法によって、公立学校を含む行政機関には障害のある児童生徒に対する合理的配慮の提供が義務づけられています。
2024年4月からは、私立学校を含む民間事業者にも義務化されました。これは「特別扱い」ではなく「法律で定められた、当たり前の調整」です。

具体的には宿題の量や形式の調整、テスト時の延長や別室受験、教室内の座席配置、感覚過敏への対応(蛍光灯の明るさ、教室の音環境など)、こういった調整を、診断書や保護者からの申し出を根拠に学校が検討する義務を負っています。

この言葉を一度、連絡帳に書いてみてください。
「娘の感覚過敏について、合理的配慮の範囲でご相談させてください」
この一文があるだけで、担任の対応の質が変わるご家庭が多いんです。なぜなら担任にとってこの言葉は、「個人的なお願い」ではなく「制度上の業務」として処理できるサインだからです。

ケンゴ:言葉ひとつで、相手の処理回路が変わる。これは組織で働く者の現実だ。「お願い」は担任の善意に依存するが、「合理的配慮」は担任の業務責任に位置づけられる。前者は気分で揺れるが、後者は揺れない。

担任の上にいる「もう一人の伴走者」を確保する

サキ:もうひとつ、知っておいてほしいことがあります。担任の先生だけを窓口にしないでください。

多くの公立小学校には、「特別支援教育コーディネーター」という役割の先生が配置されています。
これは2007年から制度化されたもので、各学校に校務分掌として置かれている先生です。担任の先生とは別に、発達特性のあるお子さんの学校生活全般について相談できる窓口になります。

担任との相性が悪かったとき、担任が忙しくて連絡帳の返事が遅れがちなとき、より専門的な相談がしたいとき──このコーディネーターの先生に直接連絡を取ることができます。
家庭訪問や個人面談のタイミングで、「コーディネーターの先生はどなたですか」と尋ねるだけで選択肢が一つ増えます。

さらに、自治体によっては「就学相談」「教育相談センター」という、学校の外側にある教育委員会直轄の相談窓口があります。ここでは通級指導教室の利用、特別支援学級への移行、その他の専門的支援について、学校を介さずに相談できます。担任との関係が悪化する前に、この外側の窓口の存在を知っておくだけで、心の余裕が変わります。

ケンゴ:組織には必ず、表のラインと裏のラインがある。表のラインだけで戦おうとすると必ず行き詰まる。裏のライン──つまり斜めの相談窓口を確保しておくのは、長期戦の鉄則だ。これは抜け駆けでも告げ口でもない、正規のチャンネルだ。

担任の先生を、「育てる」視点を持つ

サキ:最後に、少し勇気のいる話をさせてください。

担任の先生は、ADHDの専門家ではありません。多くの場合、教員養成課程で発達障害について学ぶ時間はごく限られています。だから目の前の娘さんへの対応について、担任の先生も実は手探りなんですよね。

担任を見下せという話ではありません。逆です。担任を「すでに分かっている人」として扱うのではなく、「これから一緒に学んでいく人」として扱うと、関係の質が変わるんです。

たとえば、娘さんの感覚過敏について家庭で見つけた対処法──「教室で耳栓を許可してもらえると落ち着く」「給食の苦手な食材は事前に減らしておくと完食できる」など──を、担任に「家庭での発見」として共有する。これは担任の経験値を上げる協力でもあります。

多くの担任の先生は、保護者から「教えてもらえる」ことに内心ほっとしています。「自分が全部分かっていなければならない」というプレッシャーから解放されるからです。
お母さんが「私たちも試行錯誤中なので、一緒に考えていただけると助かります」というスタンスを示せると、担任は驚くほど協力的になります。

ケンゴ:これは仕事でも、まったく同じだ。「あなたは分かっていない」と詰める部下より、「私も分からないので一緒に調べたい」と言う部下の方が、上司は遥かに動く。担任との関係も、構造は同じだ。

本質的な結論:担任の先生は、敵でも味方でもなく、業務上の長期パートナーです。連絡帳には「事実」「依頼」「背景」の三層構造で書き、感情の吐露は別の窓口で行ってください。
「特別扱い」と思われる不安には、「合理的配慮」という法的根拠のある言葉で応じてください。担任一人を窓口にせず、特別支援教育コーディネーター教育委員会の就学相談・教育相談センターという、二つの斜めの窓口を確保してください。
そして担任を、「すでに分かっている人」ではなく「一緒に学んでいくパートナー」として扱うこと。
これらの設計は今年一年だけのものではなく、娘さんの六年間、ひいては中学・高校までの十二年間の伴走の土台になります。
今夜、連絡帳の余白に、まず「事実」を一行だけ書いてみてください。それが関係の再設計の、最初の一筆です。

参考にできる情報源

  • 各学校の「特別支援教育コーディネーター」(2007年から全公立学校に配置されている校務分掌、家庭訪問や個人面談で確認可能)
  • お住まいの市区町村教育委員会の「就学相談」「教育相談センター」(学校を介さずに相談できる窓口)
  • 各都道府県・指定都市の「発達障害者支援センター」(学校との連携についてもアドバイスを受けられる)
  • 文部科学省「障害のある子供の教育支援の手引」(合理的配慮の考え方や具体例について公的に整理された資料)
  • 内閣府「障害者差別解消法」関連資料(合理的配慮の法的位置づけについての公的解説)

※具体的な連絡先は、お住まいの自治体名と窓口名で検索すると、最新かつ正確な情報にたどり着けます。

よりみちナビゲーター

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