第七章:半年後の私と、一年後の私へ──夜中に読み返すための、長い手紙
第六章を読み終えた次の朝、連絡帳に「事実」を一行だけ書いてみました。「昨晩、宿題のプリントの前で四十分、鉛筆が止まりました」。それだけです。担任の先生からの返事はいつもより少し長くて、「教室でも同じ様子があります。一度、お時間いただけますか」と書いてありました。
来週、面談の予約を入れました。怖くなかったわけじゃありません。でも、これまでみたいにお腹の底に重いものを抱えたまま行く感じではないんです。事実を一行書いただけで、関係の温度が変わることが本当にあるんですね。
編集長さん。ここまで七つの章を読ませていただいて、最初に書いた相談文を読み返してみました。あの頃の自分が今の自分と地続きの人間だとは、正直まだ信じきれません。でも、確かにあの夜から私は少しずつ動いてきました。
もし、半年後の私や一年後の私に手紙を書くとしたら、何を書けばいいんでしょうか。そしていま苦しんでいる、過去の自分のような誰かに、何を伝えてあげられるんでしょうか。
サキとシオン、最後の章を書く前に
サキ:連絡帳に一行書いた、その朝のことを書いてくださってありがとうございます。読みながら、私も少し胸が温かくなりました。
七章まで一緒に歩いてきてお伝えしたいのは、あなたはもう「あの夜の自分」ではないということなんですよね。
第一章で「この子がいなければ」と書かれた夜と、第七章の今では、流れた時間の中身が違うんです。
具体策を試した、夫にリストを渡した、連絡帳に一行書いた、よりそいホットラインの番号を保存した──ひとつひとつは小さい行動ですが、これらは確実にあなたの内側の地形を変えています。
シオン:人は変化の只中にいるとき、自分が変わったことに気づけない。気づけるのは半年後の自分が、今日の自分を振り返ったときだけかもしれない。
だから今夜、未来の自分に向けて手紙を書いておくことには意味がある。手紙は変化の証人になる。
サキ:では、ここから先は私が代わりに書くのではなく、あなたが半年後と一年後の自分に書く手紙の下書きを一緒に作っていきましょう。最後にあなた自身の言葉で書き直してもらうための骨組みです。
半年後の私への手紙(下書き)
半年後の私へ。
今、あなたはどんな夜を過ごしていますか。娘はもう、小学一年生の二学期を終えようとしている頃でしょうか。秋から冬にかけての季節の変わり目は、感覚過敏のある子には特につらい時期だと聞きました。あなたも娘も、よく耐えてきたと思います。
四月の私から、いくつか確認させてください。
夜十時に娘が眠った後、あなたはちゃんと座って、自分のための一品を食べていますか。納豆ご飯でも鯖の水煮缶でもいい。立ったまま冷たい唐揚げを口に押し込む夜は、減っていますか。
枕元のタイマーは、まだ使っていますか。三十分が物足りなく感じる夜があってもいい。でも、布団に入る時刻だけは、自分との約束として守れていますか。
夫との運営会議は、続いていますか。たぶん二回か三回は、サボった週もあるでしょう。それで構いません。
完璧に続けることが目的ではなく、止まっても再開できる関係を作ることが目的だったから。担当を渡した領域で、夫はまだ失敗していますか。失敗していたとしても、口を出さずに見守れていますか。
担任の先生との関係は、どう変化しましたか。連絡帳の三層構造は、もう癖になっていますか。特別支援教育コーディネーターの先生とは、面談できましたか。
そしていちばん大切なこと。「この子がいなければ」という雑念は、まだ夜にやってきますか。来てもいいんです。ただ、それを抱えて孤立していないかどうか。誰か一人にでも、その言葉を渡せる相手はできましたか。
もし、これらの問いのほとんどに「できていない」と答えたとしても、自分を責めないでください。半年で全部が整うわけがない。私たちが目指してきたのは完璧な母親になることじゃなくて、倒れずに伴走を続けられる構造を作ることだったから。
四月のあなたへ。よくここまで生き延びてくれました。ありがとう。
一年後の私への手紙(下書き)
一年後の私へ。
娘はもう、小学二年生になっていますね。担任の先生は、変わったでしょうか。新しい担任に、また一から事情を伝え直すのは、想像するだけで疲れる作業だと思います。
でも、去年の自分とは違う。あなたはもう連絡帳の三層構造を知っているし、合理的配慮という言葉を持っているし、コーディネーターの先生とのつながりも残っているはずだから。
娘の偏食は、少しは広がりましたか。それともまだ、白米と唐揚げと苺の三品のままでしょうか。どちらでも構いません。広がっていなくても、娘がその三品を笑顔で食べているならそれは負けではなく、安全圏を守り抜いた一年だったということだから。
あなた自身のことも、聞かせてください。
一年前、お腹の奥が冷たくなる感覚があった夫との関係は、どう変わっていますか。たぶん、すべてが解決しているわけではないでしょう。それでも、お腹が冷たくなる頻度は、減っていますか。
「いなかったら」という思考は、まだ夜にやってきますか。来ているとしても、それはもうあなたを内側から圧迫する秘密ではなく、ときどき訪れる古い知り合いのようなものになっていませんか。
そしていちばん知りたいこと。あなたは去年の自分を、少しは赦せていますか。
スプーンを投げられた夜、シンクに寄りかかって動けなかった夜、百円ショップのタイマーを買って三日目に泣いた夜、連絡帳のペンが止まった夜──それらの夜を抱えていた自分のことを、「よく頑張った」と、声に出して言えますか。
もし言えていなくても、いいんです。一年では足りないこともある。でもせめて今、深呼吸をひとつだけ。あなたはここまで来た。それは誰にも否定できない事実だから。
そしていま苦しんでいる誰かへ
サキ:最後に、もうひとつだけ書いておきたいんです。
あなたがここまで読んでくれた七つの章は、いつかきっとあなたの隣にいる誰か──同じようにADHDのお子さんを育てて、夜中にスマホをスクロールしているお母さん、「いなかったら」と思ってしまった自分を責めている誰か──のために、あなた自身の言葉で語り直される日が来ます。
それはブログかもしれないし、ママ友との立ち話かもしれないし、保健センターで隣に座った見知らぬお母さんへの一言かもしれない。
形は何でもいい。あなたが受け取ったものを、あなたの言葉で渡し直すこと。これはあなた自身の癒しを完成させる、最後の作業です。
「私もね、一年前は本当にしんどくて。『この子がいなければ』って、思っちゃった夜もあったよ」──そう誰かに言える日が、必ず来ます。その一言でその誰かは、あなたが救われたのと同じだけ、救われます。
シオン:痛みは語り直されたとき、初めて意味を持つ。意味を持った痛みはもう、あなたを傷つける道具ではなくなる。それは誰かの夜を照らす、小さな灯火に変わっている。
サキ:──ここまで七章、本当におつかれさまでした。
娘さんの寝顔を、今夜一秒だけ長く見つめてみてください。そしてその横にいる自分の手を、もう一秒だけ長く見つめてみてください。
その手は毎朝、娘さんを起こしてきた手です。連絡帳のペンを握ってきた手です。タイマーを枕元に置いた手です。スプーンを投げられても、翌朝また食卓に出した手です。
その手があなたの母親としての履歴書です。診断書ではなく、評価表でもなく、その手そのものが、何よりの証拠なんですよね。
本質的な結論:七章にわたって積み上げてきた具体策はすべて、「倒れずに伴走を続けられる構造」を作るためのものでした。完璧な母親になるためではなく、不完全なまま長く続けるための設計です。
半年後、一年後、五年後──あなたの娘さんが思春期を迎える頃、高校受験を考える頃、家を出ていく頃。
そのすべての夜に、あなたは伴走者として立っていられます。今夜、半年後と一年後の自分宛に短くてもいい、手紙を一通書いてみてください。
封筒に入れて、引き出しの奥にしまっておく。それは未来のあなたが、今のあなたを忘れないための約束です。そして過去のあなたが、未来のあなたを支えるためのささやかなお守りです。よく、ここまで来てくれましたね。
連載全体で参照した情報源(再掲)
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」(食の土台に関する公的指針)
- 厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド」、e-ヘルスネット(睡眠と健康に関する一般向け解説)
- 各都道府県・指定都市の「発達障害者支援センター」(保護者の相談を受け付ける実在機関)
- お住まいの自治体の「子ども家庭支援センター」「子育て世代包括支援センター」「保健センター」(保健師による育児相談)
- 「精神保健福祉センター」(精神保健福祉法に基づく実在機関、こころの健康相談)
- よりそいホットライン(厚生労働省補助事業/24時間・通話無料・匿名可)
- 各学校の「特別支援教育コーディネーター」(2007年から全公立学校に配置されている校務分掌)
- 各市区町村教育委員会の「就学相談」「教育相談センター」(学校外の教育相談窓口)
- 文部科学省「障害のある子供の教育支援の手引」、内閣府「障害者差別解消法」関連資料(合理的配慮の法的根拠)
- 「男女共同参画センター」(男女共同参画社会基本法に基づき各自治体に設置される実在機関)
※具体的な連絡先・URLは、お住まいの自治体名と窓口名で検索すると、最新かつ正確な情報にたどり着けます。
──連載完結に寄せて
編集長より最後にひとつだけ。
本連載は、ADHDのお子さんを育てる一人のお母さんの相談に応える形で七つの章にわたって続いてきました。けれどここに書かれた多くのことは、特定の診断名のあるお子さんを育てる家庭に限らず、子育ての途上で疲弊し、自分を責め、夜眠れずにいるすべての保護者に届くべき言葉だと考えています。
「私が弱いだけでしょうか」という、最初の一行。あの問いに対する七章分の答えは、ひとつの文に集約できます。あなたは弱いのではなく、長く強くあり続けてきた。それを認めてくれる場所が、これまであなたの周りに足りなかっただけです。
この記事のどこかの一行が、今夜の誰かの夜の重さをほんの少しだけ軽くできていたら。それが編集部一同の願いです。




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